幸せという落とし穴


 友達にするなら沢村くん。恋人にするなら倉持くん。ファンになるなら成宮くん。そして、結婚するなら結城先輩。

その話をする流れで、私は「御幸だけは全部無いわ」と、笑いながら言ったのを今でもよく憶えている。
曲がりなりにも野球部に所属して近くで見ていたからには、良いところもたくさん見てきた。先輩として、後輩にかっこいいところを見せていることも承知の上だ。
でも、御幸だけは無い。特に、結婚の相手だなんて以ての外だ。御幸と結婚するくらいなら一生独身で生きていくくらいの心づもりだ。

‥‥‥‥そう、思っていたのに。





「なにアルバムなんか見てんの」
「‥‥起きたの?」

隠すようにアルバムを閉じると、私は話しかけてきた人物に向き直った。珍しく一日オフの彼は、ゆっくりとあくびをしたかと思うと、ようやく朝の挨拶をした。

「おはよ。朝ご飯は冷めてるよ」
「おー、てかもう昼だろ。大人しく昼飯待つよ」

そう言いながら当然のように横に腰掛けるので、なんだか意地悪をしたい気持ちに駆られて、「私が作るの?」とすっとぼける。

「え、作ってくれねーの?」
「たまには旦那さまの手料理が食べたいなーーー」
「俺もたまの休みくらい嫁さんの飯が食いてえなーー」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」

そんな風にふざけ合って、どちらからともなく笑いだす。あれ、笑った時にできる目の横のシワ増えた?なんて言葉も浮かんだけれど、今は黙っておいた。

「しょうがないから作ってあげるよ」
「さすが俺の奥さん」
「優良物件でしょう」
「おー」

立ち上がろうとする私の腕を引き寄せて、腕の中に閉じ込められる。抱きしめられるのなんて、いつぶりだろう。そんな風に考えると無性に離れがたくて、胸板にすり寄った。

「なまえ」
「‥‥んー?」


「俺と結婚してくれて、ありがとな」

目の前の男は、ひどく甘く、とろけそうなほど優しい声で私を包み込む。幸せだ。日頃会えない寂しさや悲しさなど、この日を思えば乗り越えられるほど。結婚してくれたことに礼を言いたいのは、こちらの方だ。

「一也」

目の前の男の名前を呼ぶと、その男は小さく返事をして、私に触れるだけのキスを落とした。

‥‥一也。御幸、一也。

私は、高校生の時あんなに無いと言っていた男に愛され、愛し返して、結婚して、幸せになってしまった。
あの頃の自分にそう言ったならば、きっとあり得ないと笑い飛ばすのだろう。

「一也」

私がもう一度名前を呼ぶと、一也はまるで私のことが愛おしくてたまらないとでも言うかのように、優しい顔を見せて笑った。


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