恋愛イノベーション


 河川敷で特訓をしていた沢村くんが戻ってきたのを見て、私は自然と口元を綻ばせた。お疲れさまと声をかけると、沢村くんも同じように笑ってくれたのが、なんだか妙にくすぐったい。

「一旦休憩?」
「おう!また別のメニューもあるけどな」

特訓が終わって一息ついたら、私とキャッチボールをしてくれるらしい。沢村くんの邪魔にならないかと一瞬悩んだけれど、沢村くんの溢れんばかりの輝かしい笑顔に圧倒されて、すぐに頷いてしまった。
私の横に腰かけた沢村くんは、勢い良くドリンクを飲み干したかと思うと、急に眉を顰めて難しい顔になる。ど、ドリンク不味かったのかな‥

「‥実は、前から言いたかったことがあるんだけどな」
「えっ!は、はい!」
「う‥‥えっと、だな‥その‥‥」
「?」

沢村くんは先程まで特訓でかいていた汗とは違うような汗をダラダラと流していて、思わず心配になって顔を覗き込んだ、と、ほぼ同時に。

「‥‥‥そろそろ、栄純って呼んでくれても良いのではないでしょうか」
「!!」

顔をずいっと近づけられ、恥ずかしさのあまり沢村くんから視線を逸らしてしまいたい気持ちになった。沢村くんが嫌なわけでもないのに、顔をそらすなんて‥!でも、近すぎて息をするのも申し訳ないと言うか‥!!なんて慌てていた私にトドメでも刺すかのように、沢村くんは私の手を握りしめてまたずいずいと近づいてくる。

「そ、それとも、下の名前で呼ぶのは嫌か」
「そんなことないよ!そんなことないけど、あの、その‥」

顔が近くて近くて、思考回路がショートしてしまいそうだった。辛うじて絞り出したようなか細い声で、まだ恥ずかしくて‥と口にしようとした瞬間、声と共に私と沢村くんの頭上から影がさす。

「えーいじゅーんくん」

びっくりして2人して見上げると、そこには沢村くんの先輩さん達が居た。

「な!!先輩方!何故こんなところに!!!」
「はっはー、デート中かー?」
「白昼堂々イチャイチャしてんじゃねぇぞ沢村ァ!」
「痛い!!何するんすか倉持先輩!!!」

突然ドロップキックを食らった沢村くんはお尻を抑えて倉持先輩と呼ばれるその人を睨みつけていた。突然のことに混乱していると、もう一人いた(御幸というらしい)先輩さんが悪びれる様子もなく、「驚かせて悪いな」と謝罪をしてきた。もしかしたら、野球部ではよくある光景なのかな‥?
そうは思うものの、居ても立っても居られず「ごめんなさいでも沢村くんは悪くないんですせめて蹴るなら私を!!」と口を挟むと、倉持先輩と御幸先輩は顔を見合わせて大笑いし始めた。




「あー笑った笑った、沢村も随分好かれてんだな」
「沢村のアホには勿体ねえ彼女だな」
「例の"知らない男"の方がいいんじゃねーの?」
「そうなったら前みたいに再起不能だな、ヒャハ」
「な!!なまえの前でそれを言うなって言ったでしょうがーーー!!!」

ひとしきり笑ったかと思うと口々に聴いている私たちが恥ずかしくなるような言葉の羅列に、段々と顔が熱くなってくる。

「じゃあな」
「大事にしてやれよー」
「二度とこいつの前に現れないでください!!!!」

視線が地面に落ちきったと同時に、隣で顔を真っ赤にして怒っていた沢村くんをちらりと覗き見る。先輩さん達を追い払うことに成功したからかさっきよりは落ちついていたけれど、それでもまだ頬は少し赤かった。

「‥‥‥」
「‥‥‥」

恋人同士になって、まだまだ日は浅い。正直、デート、なんて呼べるものはほとんどしたことがないし、学校にいる間も今までとさほど大差はない。それを嫌だと感じたことはなかったし、不満に思ったこともなかったけれど、いざ他人にデートだとかイチャイチャだとか言われると、顔から火が出るくらい恥ずかしくて、むず痒くて‥少しだけ、嬉しかった。

「‥‥あの」
「?! お、おう!なんだ?!!」
「‥‥初めてなまえって呼んでくれたね」
「え、あ‥‥!」

沢村くんは自分で私の名前を呼んでいたことに気づいてなかったらしく、一瞬きょとんとしたけれど、すぐに真っ赤になって口をぱくぱくさせ始める。
その姿が可愛くて、愛おしくて、沢村くんが名前を呼んでほしいと言った時に感じた恥ずかしさなんて、どこかへ飛んで行ってしまった。

「ありがとう‥‥栄純くん、だいすき」
「‥‥‥!!!」

栄純くんは目をかっと見開いたかと思うと、勢い良く私を抱きしめた。私がびっくりして何かを言うより先に、栄純くんは

「俺の方が!!!大好きだ!!!!!」

と大声で叫びながら、私をさらに強く抱きしめてくれた。そんなに大きい声で言ったら、先輩さん達に聞こえてまた蹴られちゃうよ。とは、まだ幸せに浸っていたい私の口からは、すぐには言ってあげられなかった。


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