遠い夏と、


「雅さんはいるかな〜‥と」

マネージャーとしての仕事も部としての練習もあらかた終わり、何人かだけが残って練習し始めた頃。私は少しばかり浮かれた調子でお茶とおにぎりを運んでいた。‥のだけれど。

「あー!また鳴ちゃんが私の雅さん一人占めしてるー!!」
「はあ?いつからなまえのになったんだよ!雅さんは俺ら野球部のものだから!」

雅さんの隣には、雅さんに練習に付き合ってもらってたらしい鳴ちゃんが立っていた。疲れてるだろうし、雅さんは私に任せてさっさと寝ればいいのに!‥というのは私のわがまま過ぎるので、頭から振り払う。でも言い返すのは言い返すからね!

「じゃあマネージャーの私のものでもあるじゃん!」
「選手とマネには天と地ほどの差があるんです〜」
「! 差別だ!!最低!!」
「何勝手に話し進めてんだお前ら」

黙っていた雅さんが口を突っ込んできたので、さっと雅さんの後ろへ回る。雅さんが「あんまりいじめるなよ」と言った瞬間、食い気味に鳴ちゃんが抗議していた。

「そんなことより雅さん!これ!よければ!!どうぞ!!」
「おう、いつも悪いな」
「なんで雅さんだけなのさ!俺の分は?!」
「鳴ちゃんの分なんてあるわけ‥」
「ほら、ちょっと分けてやるから食え」
「ええ?!!」

鳴ちゃんが待ってましたと言わんばかりに美味しそうに食べ始めたのを見て、はあとため息をつく。食べるのはいいんだけど、いいんだけどさ。雅さんに一番に食べて欲しかったのにな、なんて。

「苗字に感謝しろよ」
「はいはい苗字さんアリガト〜」
「うわあ嬉しくない!!」

さっさと食べ終えて手を洗いに行った鳴ちゃんを尻目に、私は告げ口をするかのように「教室でもあんな感じなんですよ」と愚痴ってしまう。ああもう、愚痴を聞かせたいわけじゃないのに‥

「まあ鳴も悪気があるわけじゃ‥」
「‥雅さん。私、雅さんが好きだからいつもこんなことしてるんですよ」
「‥おう」
「‥‥まだ駄目なんですか」

横に並んで座っている雅さんをじっと見つめる。返事、今すぐじゃなくてもいいと言ったのは私だけど、なんとなく寂しい気持ちになって急かしてしまう。そんな思いを隠して見つめ続けると、雅さんは私の方を見ないまま、ゆっくりと優しく頭を撫で続けた。

「甲子園優勝したらって言っただろ」
「‥‥‥夏まで長いなあ‥‥」
「あっという間さ、夏なんて」

返事が聴きたいからなんてよこしまな理由じゃなく、野球部の一員として、雅さんやみんなに甲子園で優勝してほしい。でも夏になったらもう、雅さんが野球するところは近くで見られなくなるのかあ。なんだか物悲しい気持ちになってしまったけれど、今もずっと髪を梳くように動く温もりが、私の心まで温めてくれるようだった。


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