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「めろーね」
「ん」
ぼやけた視界の中、うっすらと見えたラベンダーのような甘ったるい色。その色の持ち主の名を呼んで手を伸ばせば、彼は顔色ひとつ変えずにわたしのことを抱き上げた。
「なまえよォ……隣にいるオレの姿が見えねーってのか?」
からかうように新聞から目を離さずそう言ったブロンドに、ほんの少し目を開く。ぼんやりと見えたその顔を見てプロシュート、と声をあげるとほんの少しメローネの腕に力が強まった気がした。
「見えてるよ〜……おやすみ……」
「まったく」
歩き始めたメローネに揺られながら、プロシュートに手を振る。去り際に「困ったバンビーナだな」と呟いていたのは聞かなかったことにしてあげよう。任務帰りでヘトヘトだから、すぐにでも夢の世界へ行きたいんだ。
そんな事情を知ってか知らずか、メローネは足早に私の部屋へ行き、ベッドにゆっくりと下ろしてくれる。お礼の言葉もそこそこに、うつらうつらと船をこぎはじめると、メローネはゆっくりと毛布をかけてくれる。
「寝れそうか?」
「うん……」
再びぼやけていくラベンダーに見下ろされながら、私はそのまま眠りについた。
メローネとなまえはいわゆる幼馴染みという奴だった。メローネの母親はいわゆる奔放な人で、家を空けることが多かったのを見かねたなまえの母が家に招待したのがきっかけだった。
その頃のなまえは今以上に人見知りで、知らない子供が家にいるだけでなく母の愛情まで奪られた様に感じていたし、何よりにこりともせず淡々と過ごすメローネのことが苦手だった。彼の視線が自分に注がれるたびに逃げてしまうのを、彼女の母も、そして避けている本人もどうしたものかと思っていた。
しかし、ある日メローネが風邪をひいてしまった時、転機が訪れた。メローネの熱に一番最初に気付いたなまえが、メローネの額に触れたのである。
「やっぱり、ねつがあるよ」
「……!」
心配そうにしているなまえに、メローネの脳を占めた感情は感謝や安堵ではなかったが、それがなんだったのかは本人以外に知るよしもない。にこりともしなかったメローネが初めて笑ったのも束の間、這うように添えられた指にぞわりとした感覚を覚える。
「…! さわらないで!!」
彼女がその手を勢いよく弾き飛ばしてしまったのも、無理もないことだった。
「なまえは寝たのか」
「ああ」
ベッドルームから出てきたメローネを見て、プロシュートは新聞を閉じた。なまえと同じ任務を終えてきたというのにもかかわらず、その顔には眠気を感じない。
「甘やかしてんのは構わねえが、いちいち牽制してくんじゃあねーぞ」
「牽制?なんのことだ」
「さっき睨んできてただろーが」
メローネはきょとんとした顔をして、さっぱりわからない様子でプロシュートに視線をやる。お返しだとでもいうようにじとりと睨み返すプロシュートを見て、メローネは笑い声をあげた。
「恋人でもないのに、そんなことするわけがないだろう」
「オレには時間の問題に見えるがな」
「まさか」
相手にするだけ無駄だと悟ったのか、プロシュートも立ち上がり自身のベッドルームへと向かった。
「オレは彼女に触れちゃいけないからな」
「…?」
すれ違いざまにメローネが何か言っていたような気がしたが、プロシュートが聞き返すことはなかった。