神よ

「リゾット!」
「悪い、待たせたな」

手を振る彼女の左手に目が行く。薬指にきらめくシルバーは、一月前オレがあげたものだ。
とはいえ式をあげたわけではなく、何なら最後に会ったのも指輪をあげた日だった。正直なところ、愛想を尽かされても文句は言えないだろう。
だが彼女はそんなことをおくびにも出さず、今日もいつもと変わらぬ笑顔でオレを見上げる。

「今日は自由にしてて大丈夫なの?前に会ってから一ヶ月しか経ってないけど…」

それどころか、不満も言わずに人の心配をする、その呆れるほどの優しさに、どれほど助けられてきただろうか。彼女の手を取り強く握りしめると、彼女もやんわりと握り返してきた。

「オレが会いたかったんだ」
「……でも」
「狙われる可能性がある時なら連絡していない、おまえは何も心配しなくていいんだ」
「…………」
「なまえ?」

下を向いてしまったなまえを覗き込むと、彼女は拗ねたように口を尖らせていた。

「……心配くらいさせてくれたっていいのに」

いつも心配ばかりしている彼女を安心させたかった故の言葉のつもりが、どうにも逆効果だったらしい。それ以外何もできないんだから、と付け足す彼女を見て、改めて自分の感謝が伝えられていないことに気付いた。

「……行きたいところがあるんだが、ついてきてくれるか」
「? いいけど…どこ行くの?」
「着いてからのお楽しみだ」







「ここって……」

人の気配はないがどこか厳かな空気が肌に触れる。

「教会だ」

改めて言葉にされ、姿勢を正すなまえ。やけに緊張した様子に小さく微笑むと、なまえは困ったような、不思議そうな表情をしてオレを見上げた。

戸惑うなまえの手を引き、主祭壇へと近づく。彼女の左手に光るリングが、より気持ちを引き締めさせた。

「なまえ。オレの人生の全てでおまえを愛し、敬い、慈しむと誓おう」

式はできない。そう言った時彼女は不満を一言たりとも漏らさなかった。毎日会えないと言った時も、一緒に住めないと言った時も、彼女は不満を言うどころか悲しむ顔すら見せなかった。

「…こんな仕事だ、幸せにするとは約束できねえ」

おそらく、他の男の方がきっと幸せな人生を歩めるだろう。危険と隣り合わせの人間と歩む人生など、送らせるべきではないだろう。


「だがどんな時でも、おまえを愛している」


それでも、手放すわけにはいかねえんだ。

手を握る力を強くすると、なまえがここへ来る前と同じように下を向いてしまう。不安な気持ちになりつつも、表情を盗み見ることはせず黙って待つ。

「……リゾット」
「なんだ」

ようやく喋ったなまえから、滴が滴り落ちた。

「ありがとう……本当に…今日は、人生で一番幸せな日だよ…っ」

涙を流し幸せそうに微笑むなまえを見て、とっさに彼女を引き寄せる。抱きしめた彼女の身体は、今もなお喜びに震えていた。

「…それは、いつか更新しねえとな」
「ふふ…っ!あと数年間くらいは、浸らせてほしいな…」
「なら、浸る暇が無いくらい愛してやろう」

彼女の涙を舐りとりながらした誓いの口づけは、甘い幸福感に満たされるものだった。彼女のこの笑顔のためならば、なんだって出来るだろう。祈りが不釣り合いな身ながら、もし神がいるならばと、愛する彼女の幸せを願った。

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