ヴィオラの恋

 その人は、華がある人だった。
星屑をまとっているかのようにきらきらと光る金の御髪、空も海も全て閉じ込めたようなどこまでも深い碧の瞳を持つ眉目良い美丈夫で、美しい花々に囲まれてもなお、その輝きは失われることなく、無二の存在感を放ち、凛として咲き誇っていた。



「いらっしゃいませ」
「よう、冷やかしに来たぜ」

その花よりも美しい人は、プロシュートと言った。
初めて彼が店を訪れた時、美しさにはいささか見合わぬ無骨な手が一輪のバラに伸ばされたのを見て、この花はこの人の手にとってもらう為に摘まれたのだと錯覚させられたものだ。

「今日も花の話を?」
「ああ…と、そうだ。ついでに玄関に飾るのにおすすめがあったらそれを包んでくれ。前のがそろそろ枯れちまうんでな」
「今回も長持ちさせて下さったんですね」

プロシュートさんの目的は、人に贈る花を買うことだった。『大事な人に贈りたいが、相手は花に詳しいので知識を得たい。知識を得た上で共に花を選んで欲しい』。耳に心地良い声でそう訊ねられ、二つ返事で引き受けた。
それ以来プロシュートさんは定期的に店を訪れ、今日のように花を買ったり、花について見識を深めたりしていた。

「おすすめもいいですが、プロシュートさんのお好みはどうですか?」
「オレの好みか…」

彼はいつもおすすめを注文し、彼に劣らぬ気品高き花を選ぶのには店長も私も苦労している。
彼の隣を歩く女性はそれはそれは絶世の美女なのだろうけど、それと同時にプロシュートさんの美しさが、そのまだ見ぬ恋人さんに負けるはずがないとも思っていた。それは、花に対しても一緒だった。

プロシュートさんが、花に見劣るはずがない。その考えがこびりついていたからこそ、彼の好みを知りたかった。染み付いた固定概念を払拭して、彼にふさわしい花を選んであげたかった。

「花はまだそこまで詳しくもないからな。先になまえの好きな花を教えてくれねーか」
「私の、ですか…?」
「どういう基準で選んでるのか知りたい」

そう言われくるりと店内を見回す。思い立って店の外にぱたぱたと駆けだし、一つの植木鉢を持ってくる。

「鉢植えか」
「はい、ヴィオラといいます」

プロシュートさんは私の抱えていた鉢植えをひょいと持ち上げると、澄んだ碧の瞳を花へと向けた。

「小さい花だな」
「道端に咲いているので、もしかしたら見かけたこともあるかもしれません」

整った鼻を寄せて、すう、と香りを吸い込む。いい香りだと言わんばかりの微笑みを見て、思わず口角を上げた。

「あとは、花言葉で選ぶ方もいらっしゃいますね」
「花言葉か…」

顎に手を当てて考え込むプロシュートさん。少し悩んだかと思うと「詳しいのか?」と訊ねてきた。

「お客様がお訊きになることもありますから、ある程度は…花言葉からお花をお出しできるほど詳しくはありませんが」
「それくらい知ってりゃあ充分だろ」
「そうですか?あ、ヴィオラは『ちいさな幸せ』という花言葉なんです、花言葉まで慎ましやかで可愛いですよね」

自分の好きな花を愛でられ得意げな気持ちになっていた私は、ついぺらぺらと訊かれてもいないことまで口に出していた。見守るような表情で目を細めているプロシュートさんに気づき、慌てて頭を下げる。

「……すみません…ご興味のない話まで…」

プロシュートさんは、あくまで参考にするために私の好みを聞いてくださっていたのに。あろうことかそれを勘違いして、浮かれて一人で語って無駄な時間を使わせてしまうなんて。

プロシュートさんが私と話してくれているのは、大事な方に花を贈りたいからなのに。たまたま、花を買いたいと思った時にこの店があったから、ただそれだけなのに。決して、彼は私の方を向いていない。彼がここに来て私と話していても、彼が向いているのは大事な……きっと、大事な恋人の方なのに。プロシュートさんと過ごす時間があまりに眩くて、きらめいていて……もっと欲しいと、もっと一緒にいたいと願ってしまったばかりに、この時間を、失うような真似をしてしまった。

「話題に興味があるから聴いてんじゃあねーよ、なまえに興味があるから聴いてんだ」

頭にぽんとのせられたのは、あの日バラを手にした、どこか無骨な手だった。

「…え」
「だから好きなこと話してろ、おまえが楽しそうならそれでいい」

顔を上げると、先ほどヴィオラを見ていた時と同じような目で私を見下ろすプロシュートさんと目が合う。優しい碧だ。私まで、花になったと錯覚してしまいそうなほどの、優しい瞳だ。

「…………あの」
「ん?」
「前に……その、花を贈りたくて、知識を得たい、と……」
「ああ、そういう設定だったか」

なんでもないことのように平然とそう言われ、自分のした勘違いが勘違いではないと、顔が真っ赤になった。

「また来るぜ。花に詳しい、オレの大事なシニョリーナ」

答え合わせでもするみたいにそう言って、「次に来た時はちゃんとおまえのおすすめを包んでくれよ」と手を振るその背に、ヴィオラのようにちいさな想いが胸に根付いていることに、気付かされてしまった。

だってこんなにも、あなたのことで頭がいっぱいなのだから。

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