春雷
「デートがしたい」
アジトのソファで一人そう呟くと、独り言だったはずの言葉に返事があった。
「なんだ急に」
「メローネ、聞いてたの?」
「そこそこの声量だったぜ。で、なんだってデートがしたいんだ?」
どうやらこの部屋の近くにいたらしいメローネが不思議そうに尋ねてくる。からかわれるかとばかり思っていたから、少し拍子抜けした。
「可愛い服を買ったの!!!だからそれを着て待ち合わせして彼氏に褒められて有頂天になりたい」
「ついでに彼氏も買ったのか?」
「……買ってないねえ〜」
そもそも彼氏は売り物じゃないし、と大袈裟なくらいため息を吐いていると、メローネはちらりと時計を見やった。
「待ち合わせして褒めればいいんだな?」
「その後可愛い格好の私をエスコートしておいしいご飯も連れてってくれないと駄目」
「注文が多いな…」
だって、せっかく可愛い服を買ったんだから褒めてほしいし優しく扱ってほしいしついでにご飯も食べたいし!と口を尖らせて拗ねていると、目の前のメローネがふ、と可笑しそうに声を漏らした。
「まあいい、条件さえ満たせば誰でもいいなら付き合わないこともないぜ」
「え、ほんとに!?」
「待ち合わせして褒めてエスコートして飯だな」
確認するようにそう言うメローネに、自然と目を輝かせた。ありがとうと言いながら掴んだメローネの手をぶんぶん振り回すと、またメローネが可笑しそうに笑った。
「ちゃんとメローネもおめかししてきてね!!いつもの服は絶対ダメだからね!!!」
「わかったわかった」
別にいつもの服がダメとかそういうわけじゃあないけど、仮にもデートなんだからそれっぽくしてもらわなくっちゃあね!
▽
「……なんでそんなところで隠れてるんだ?」
「うわっ!ばれてた……」
「バレるだろ」
大人しくすごすごと出ていくと、メローネは上から下にじっくりと舐め回すように見つめる。
「可愛いじゃあないか。うん、ベリッシモ可愛い」
「それはどうもありがとう……」
「なんでそんなテンション低いんだ」
約束通り待ち合わせして褒められている。それは本当にありがたい。声色も嘘っぽくもないし本心だろう。それ自体はとても嬉しい、嬉しいけれど。
ちらりとメローネを横目で見る。やっぱり、この男…………
「いつも通りの服で着て貰えばよかったかも」
「好みじゃなかったか?」
「いや……素材が良いことに気付いてしまったっていうか……」
「素材?」
「メローネって、かっこいいんだなって……」
そう、ただ至って普通の服装をしているだけだというのに、いつもの服で見慣れているせいか、無性に格好良く見えるのだ。
私の発言に一瞬きょとんとしたメローネは、すぐに取り繕って表情を作りあげた。
「可愛い君の隣を歩くために張り切ったからな」
「うそばっかり……」
「拗ねるなよシニョリーナ、せっかくお洒落したのが勿体無いぜ」
自分で頼んでおきながら、そんな格好良い男に褒められ女性扱いされると、有頂天になるどころか恥ずかしくってたまらない。
いつもアイマスクをしているせいできちんと直視したことがなかった整った顔立ちで、私に優しい視線を向けている、なんて、デートがしたいなんて抜かしていた頃の私に言っても信じられないだろう。
「ま、まあ可愛い服着てるのはほんとだしね!」
「君の魅力にオレ以外の男が気付いてしまうのは困ったもんだがな」
「…………」
人とぶつかりそうになると、さっと肩を引き寄せ人から守ってくれる。エスコートの一環だろうそれに、あからさまに速くなった鼓動。褒められてびっくりして目が合うたびに微笑まれるのが心臓に悪くて、さっきからずっと下を向いてしまう。そのせいで人とぶつかりそうになったりするんだけど。
「いつもの君も文句なしに可愛いが、今日は一段と可愛いな。何をしたらそんな可愛くなるんだ?」
「服が可愛いから……」
「隠さなくても良い。なんなら脱がしても可愛いってベッドの上で暴こうか」
口説き文句がエスカレートしてきたところで、私の限界がきた。
「まって!!?あの、ちょっと一旦やめて!?」
「なんだ」
先程までしていた無駄に優しく甘ったるい声色と表情をスッと消したメローネは、いつもみたいに感情のなさそうな顔に戻った。
「私日本人なんですよ」
「知ってるさ」
「だからなんていうかその、イタリア男のそういうナンパ術に慣れてないんですよ」
「それで?」
「好きになっちゃうからやめて……」
いくらなんでもその理由はどうかと思ったが、確かにこのまま続けられたら変な気持ちになりそうなのは確かだった。
揶揄され笑われることばかり考えていたけれど、メローネは目尻を下げてどこか興奮したような様子でまくし立てた。
「ディ・モールト!ディ・モールトいいじゃあないか!このまま本当に付き合うかい?」
「こんなチョロい落とされ方やだ〜〜!!というか日本以外は付き合うための告白的な概念無いんじゃなかったっけ?!」
「だから日本人の君に合わせて告白してるんだろ」
自分の不甲斐なさやら恥ずかしさやらでつい蹲ると、目線を合わせるようにメローネもしゃがみ込んでそう諭してくる。
普段のメローネなら、きっと立ったままだろう。そう、普段のメローネは、別に私に合わせることなくマイペースにメローネらしく接してくれていたと、私は思う。それが、私基準で話して動いているのが、恥ずかしいと同時に、メローネに個性を潰してしまってるみたいで、なんだか嫌だった。
「もう口説くのやめにしてもらっていいですか…」
「? 何を言っているんだ、あんた別に口説けってオレに言ってないだろ」
「そうだけど!とりあえずもう今日のお願いは終わり!普通にご飯食べて帰ろ!!ね!」
立ち上がって駆け足で店に入ろうとすると、いつの間にやらそばにいたメローネに扉を開けられてしまって、帰りは私が開けてやると意気込んで照れをごまかした。
意気込み通り先に扉を開けてメローネが通るのを待っていると、得意げにしていたのがバレたのか子供でも見るような目で笑われた。でもそれがなんとなく普段通りのメローネに近い気がして、こっそりホッとする。
「美味しかったね」
「久々にちゃんとした食事をとったな」
「たしかに!」
店を出ていつもの空気になっていることに安心していると、歩き出そうとした私の手をメローネに握られ、心臓が飛び跳ねる。
「な、な、なんで手握ってんの」
「駄目か?」
「普通に帰ろって言ったじゃん…」
「手を繋ぐくらい普通だろう」
どう足掻いても離す気のないらしいメローネに、諦めたような気持ちでそのまま歩き出す。ニコニコしているメローネが無性に可愛く思えたけれど、見ないフリをした。
「褒めろエスコートしろって言った割に全く耐性なかったな」
「あんな風にしなくても普段のメローネのまま褒めてくれたらもうちょっとまともな返しできてたよ!」
「普段のオレの方が好きってことか」
「そりゃあいつものメローネの方が好きに…」
決まっている。そう言おうとして、誘導尋問みたいな流れにハッとする。横を見上げればニコニコしていたはずのメローネはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「仲間とか友達とかそういう意味だからね!」
「好きになっちゃうって言ったくせに」
「もーーそれはいいのーーーー!」
からかわれている間も、絡んだ指先からメローネの体温が伝わってきて、どきどきする。
「メローネはからかって楽しいかもしれないけど、こっちは心臓バクバク言ってて大変なんだから」
「心臓ならオレもバクバク言ってる」
「もう、無理に私に合わせなくてもいいってーー…」
握られた掌がメローネの心臓の上に引き寄せられる。ドクドクと脈打つ心臓は、私の心臓よりも早鐘をついたように高鳴っていた。
「……え、あの、メロ……」
「オレはずっと、無理に合わせたりなんてしてないぜ」
メローネの目が、私の目を捉えて離さない。その表情はいつも通り感情がなさそうで、けれど今日ずっとしていた優しい視線にも似ている。メローネを形作るものからメローネの秘めていた想いがじわりと滲みでてきて、私の心を絡めとっていく。
メローネの口が言葉を紡ごうとしているのがやけにスローに見えて、ぼんやりと思った。
私はきっと、メローネのことを好きになってしまうだろう。
「なまえに好きになってもらえるよう、必死なだけさ」