ジェム・ルージュ



「手作りじゃなきゃ嫌だ」


バレンタイン数日前、付き合って半年ほどのメローネにそれとなく好みのチョコを聞き出そうとして、返ってきた言葉がそれだった。

「去年は『手作りは嫌だ』って言ってたのに…」
「! なんで知ってるんだ?」

まさか聞いてたのか?と本人が言っているのは、おそらく去年の今頃、メローネがクラスメイトに「どんなチョコが好き?」と訊かれていた時の話だろう。もちろん盗み聞きするつもりなんてなかったのだけれど、通りすがりにそんな場面に出会してしまい、知らん振りして出るに出られず……というわけだ。

「ということは付き合う前にもらったチョコが市販の物だったのはそのせいか?」
「そ、そうだけど……」
「……なるほどな」

一人で納得した様子のメローネは「今年は手作りじゃなきゃ嫌だからな」と念押しして、私はそのまま教室へと戻った。



「(手作りかあ……)」

そもそも私は、去年メローネにも手作りをあげるつもりでいた(友達と手作りの友チョコを交換する予定があったからだ)。けれどメローネの『手作りは嫌』発言を聞いてしまい、急遽市販のチョコレートを渡すことにしたのだ。それが今年は、手作りしか嫌、なんて。

板書を写すのもそこそこに、渡すチョコレートについて考える。あんまり難しいものは作れないけど、好きな味とか苦手な味とかあったら聞いておきたいな。もしかしたら去年買ったチョコに、苦手な味があったのかもしれないし。
けれど手作りは嫌だ、から手作りしか嫌だ、になる理由は、考えてもわからなかった。


「メローネ〜!」

授業が終わり、再び休み時間にメローネの好みの味を聞き出そうと教室に向かっていると、メローネを呼ぶ愛らしい女の子の声が聞こえてきて、思わず身を隠す。

「今年も手作りじゃなきゃ受け取ってくれる〜?」
「(メローネまた呼び出されてる…!)」

またしても盗み聞きのような場面に出会し、更に去年とは違い仮にも彼女である身ながらハラハラした気持ちで見守っていると、一瞬メローネと目があった気がした。

「悪いが、彼女の手作り以外受け取る気はないんだ」

そう言うとメローネは顔色一つ変えずにさっさと立ち去ってしまう。残された彼女と隠れたままの私は、メローネの言葉が脳に反響して、しばらく動けないでいた。







「ディ・モールト!」

バレンタイン当日の帰り道。手作りだから、と言ってチョコレートを渡すと、メローネはイタリア出身らしい言葉を繰り返し口にして喜んだ。普段表情の変化がない分、すごくいいことをしてあげたような気分になる。

「去年のよりは美味しくないと思うよ」
「手作りというのが重要なんだよ」

しばらくニコニコと包装を眺めていたメローネは、一粒だけ口にすると満足そうにチョコレートを鞄にしまい込んだ。残りは家でゆっくりと味わって食べるらしい。

「あのさ、ひとつだけ訊いていい?」
「なんだ」
「なんで去年は手作りチョコ嫌って言ってたの?」

メローネは歩きながら目線だけをこちらに向けたかと思うと、すぐに前を向いた。先ほどまでの笑顔が嘘のようにすんとした顔で、こちらを見ないようにしているみたいなメローネの動作に、少しムッとする。

「本命以外の手作りチョコなんて食べたくないだろう、何が入ってるか分かったもんじゃあない」
「でも、それは私の手作りでも一緒なんじゃあ…?」
「なまえはいいんだ、本命の君のものなら髪だろうが体液だろうが口に入れたって構わないからな」
「入れなくていい!!!」

まさか本当にする気ではないかと疑いの眼差しで見ていると、やはり気のせいでなく私と視線を合わせないようにしているらしいメローネが、何かを思い出すかのように空を見上げた。

「まあ、その本命も勘違いして義理紛いの市販の奴をくれたんだが……」

メローネの言う義理紛いの市販、と言うのは間違いなく去年私が慌てて買ったチョコのことだ。一年経ってもねちねちと嫌味を言われるほど、悪いことはしていないと思うんだけど。

「……回りくどい事をしたばちが当たったのかもな」
「? どういうこと…?」
「あの頃はまだ両思いじゃあなかっただろ」

何をいいたいのかわからない、と思っていたのがそのまま顔に出ていたせいか、メローネは盛大に溜息を吐く。

「好きな奴以外のチョコは欲しくないなんて言ってたら、なまえはくれたか?」
「あ、あげてないと思う……?」
「つまりそういうことさ」

本命以外の手作りは食べたくない。でも本命以外のチョコは欲しくないなんて言ったら、私からメローネにチョコは渡してなかった。それから、今年は私からの手作りチョコしか受け取る気がなくて。
それって、つまりどういうこと?回りくどいって自覚してるなら、そのまま答えを教えてくれたらいいのに!

「え、え??まってわかんない、そしたらメローネが私のことずっと前から好きってことになっちゃわない?」
「……情緒も何もあったもんじゃあないな君は」

顔を逸らす瞬間ちらりと見えた赤い頬。髪やマフラーの隙間から見える耳も、寒さにしては不自然に赤い。

ずっと感じていた違和感。それは、メローネの言う"本命"がいつの話かわかっていなかったからだった。メローネの本命が私だというのは、あくまで付き合っている今の話だと、私は思い込んでいた。
でもそうじゃなく、もし、もしもだけど、私がメローネを気になり出すよりずっと前から、メローネが私を好きだったりしたら。メローネがその頃から、私が"本命"なのだとしたら。

「何ニヤニヤしてるんだ」

まだ若干視線の合わないメローネの赤い頬に、口元の緩みが抑えられない。
一人で勝手に拗ねて、それを自ら暴露したくせに、言ったら言ったで恥ずかしくなってしまってるなんて。あまりに幼くて、いじらしくて、愛おしいじゃあないか。

「まあメローネが手作りは嫌とか言ってなかったら、手作りの予定だったけどね!」
「!」
「そもそも!?去年も女友達以外であげたのメローネだけだけどー!??本命と言って差し支えないと思いますけど〜?!!」

最初の言葉で終わっておけばいいものを、少し嬉しそうに驚くメローネの表情を見てあれよあれよと言う間に言わなくていい恥ずかしいことまで口にしてしまった。言っているうちに恥ずかしさが募り、あからさまに言葉尻がふわふわしているのがまた、居た堪れなさを強まらせる。

「……慰め方が下手くそすぎるぜ」
「う、うるさいな……」
「まあ下手でよかったんじゃあないか?君、確か人前でいちゃつくの嫌いだったろ」

どういうこと、と不思議に思った気持ちは、言葉にならずそのままメローネの唇に吸い込まれていった。やけに近いメローネの瞳が弧を描くのを、薄らぼんやりした思考のまま眺める。

「これ以上喜ばされてたら、往来の真ん中でとびきり情熱的なキスをプレゼントするところだったからな」

メローネに口付けられたと気づいたのは、口の中にじんわりと、甘いチョコレートの味が広がってからだった。


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