寤寐に思服す



 ーーーー味噌汁の匂いがする。鼻腔をくすぐるその香りが、心地よく感じるようになったのはいつからだろう。まだ寝ぼけている身体を気力だけで起こしてリビングへと向かう。
カフェラテと、少量のビスケットを食べるか食べないかだったオレにとって、日本人の彼女の食生活は慣れないものだった。けれど、彼女と言う存在を当たり前にしたくて、毎朝祈るように味噌汁を飲んだ。


「おはよう、メローネ」


微笑む彼女がカップによそった味噌汁をテーブルに置いた。その匂いを嗅ぐと、今では"朝"だと認識するようになった。






 じわじわと、現実の感覚が染みていく。朝の夢を見ながら朝を迎えるとは、随分朝に焦がれているものだ。朝を求め開いた目は、確かに天井を捉えていた。

けれど一向に味噌汁の匂いが鼻をかすめないのに気付いて、胸がひどくざわめく。


「なまえ……?」


まだ鍋にお湯を入れているところなのかもしれない。まだ換気扇を回すところなのかもしれない。そう自分に言い聞かせて、彼女の姿を確認するためにキッチンの方へ身体を反転させた。
反転と同時に、弧を描いた腕。その腕の中で、そしてーー自分の目と鼻の先で。彼女は幸せそうに眠っていた。


「すー…すー…」


腕の中に閉じ込めてしまった罪悪感と、彼女を閉じ込めておける安心感。そのどちらもが自分を覚醒させていき、ようやく理解した。


「寝坊、したのか……」


珍しいこともあるものだと、彼女の頬を撫でる。それに吸い寄せられるかのように、彼女がオレの手にすり寄ってきた。


「メローネ……」
「…………」


まだ夢でも見てるのかと思い違いそうなほど、甘く緩やかな心地。柔らかな頬の感触と、そこから伝わる彼女の体温が、これは夢ではないと告げている。それにひどく安心して、これ以上ないくらいの幸福を感じて。彼女を引き寄せ、強く抱きしめてから、もう一度目を瞑った。

もう一度眠ってもきっと、夢の中で君に出会えるだろうな。そうしたらきっと、君はまた味噌汁の匂いでオレを起こすのだろう。ああでも、眠らずに君が目覚めるのを待っているのもいいかもしれない。君の寝顔を見続けて、君の瞳が開くのを眺めながら、起き抜けにとびきりのキスをしよう。そうして『歯も磨いていないのに』って怒られるのも、悪くはないなーー

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