幸運
ーー両親を庇って人を殺してしまったのが、いわゆる"ギャングになったきっかけ"だった。もちろん殺そうと思って殺したわけではないし、日頃からキレた犯罪者のような思考回路をしていたわけでもない。ただ自分の大事な家族のために、家族がこれからも平和に暮らせるために。そう思って撃退したはずの男が、ギャングの下っ端だったのだ。
途端に私を見放した両親を見て、私の心に灯っていたはずの正義は、見る影もなくなってしまった。
けれど暗殺者チームの仲間になって、また守りたいと思う人達が出来た。待遇は決して良くはなかったけれど、それでも彼らの信頼に泥を塗らないよう任務をこなしてきた。
「この任務どうしたの?報酬もボスからじゃないみたいだし…」
「とある人物からの依頼のようだ。本来ならあり得ん話だが差出人が差出人でな…念の為お前に見せることにした」
「? どういう……」
裏に書いてある差出人の名前を見て、言葉を失った。
私を見限ったはずの両親は、私との繋がりを利用して甘い汁をすすろうとしていたのだ。
***
「ーーおい、本当にやんのか…?あんなに嘆いてたじゃあねーか、両親のことをよ」
「うん、でもこの任務を断ることでこれ以上チームの状況悪くしたくないし」
「お人好しにも程があんぜぇ……ま、やる事は人殺しだろーがな」
「送ってくれてありがとう、報酬弾んでもらえたらなんか奢るね!」
愉快に手を振ってギアッチョを見送ってから、ゆっくりと下を向いた。
「お人好しにも程がある、か……」
実際、お人好しなんてことはまったくなかった。結局のところ、子は父に、母に愛されたいと願ってしまう生き物なのだ。もしかしたら、私の頑張りを見てくれていて、今度こそ見限らずにいられるのではと思ってしまったのだ。
ドアフォンを鳴らすと、もう長らく聴いていないはずなのに、聴くだけで安心してしまう母の声が届いた。「なまえです、ただいま帰りました」とつい浮かれた言葉を投げかける。今開けるわねと言った母の声が随分遠くに聴こえた気がした。
開いたドア越しに見えたのは、どこか気まずそうな、けれど決して嬉しくないわけではない母の顔ーーーーーーーーなどではなく、知らない男達と大量の銃口だった。
なんてことはない、私はただ両親にまた売られて、そして私が騙されただけという話だ。チームの信頼が落ちるわけでも、チームの状況が悪くなるわけでもなかったんだ。身体の痛みも然程でもないし、あー、よかった。
ーーでも、ちょっと息するの辛くなってきたな……
玄関を転がり落ちた先で動けずにいると、バリン。胸の痛みに浸っていたら聴こえた氷の割れる音。ごとり、と人の首らしきものが入ったまま割られたであろう氷の塊が、私の前に転がった。
「心配になって戻ってきてみりゃあどういうことだあ〜〜〜〜〜!?なんでなまえがボロボロになってんだァ!?」
「……っえ、え?ギアッチョ……?」
見上げて確認してみればすでに私を撃ってきた男達は全員ギアッチョによって始末されていた。あれ、あれ、母さんは、父さんは、
「クソッッッ!!仲間傷つけられたんだ、依頼主も殺っちまっていいわなァ!」
「ま、まって!母さん達は巻き込まれただけかも」
「はァ!??この期に及んでまだそんなこと言ってやがんのかァ!!どう考えてもオメーの両親の仕業だろーが!!」
玄関にはいなかった父と母、逃げたか、そもそもこの場にはいないか、どこかに隠れているのか。
少なくとも、玄関で聴いた母の声に偽りを感じなかったといえば、嘘になる。
「……やっぱり、わたし売られたのかあ……」
「…………」
改めて理解した事実が重くのしかかる。隣にギアッチョがいなければ、あのまま息をするのが面倒になっていたかもしれない。そんなわたしの気持ちに呼応するかのように、ギアッチョは玄関先の階段からゆっくりと家を凍らせた。
「ギアッチョ……」
「止める気なら聞かねえぞ、オレは仲間を失う気は無い」
「ギアッチョ」
「あ?!!」
ようやくこちらを向いたギアッチョは、わたしの顔を見て目を見開いた。まあ、こんなに心配してくれている人の立場からしたら、ボロボロの姿で喜んでるわたしのことなんて、理解不能かもしれない。
「ギアッチョ、あのね」
確かに、わたしは両親に裏切られたかもしれない。
でも、両親に裏切られたからギアッチョに会えて、ギアッチョと仲間になれたんだよ。それって、すごく幸福なことだと思わない?
そう笑って言ってみると、ギアッチョは顔をそらして小さな声で「そうかよ」とこぼした。
「いや、やっぱり納得いかねえな……」
「え?」
「たとえお前がどこでボロボロになってようとたとえチームの仲間でなくとも、オレはお前を見つけ出して幸せにしてやれんだろうがよォ〜〜!!」
「!」
「それを言うに事欠いて『両親のおかげ』だァ〜〜〜〜〜?そんなわけあるか!!もっとオレを信じろ!ボケが!!」
そこまで言うとギアッチョはスタンドを解除した。氷に包まれていた家は途端にただの濡れそぼった家になって、溢れた水は私たちの足元をじわじわと浸食していく。
「ギアッチョ」
「あァ!?」
それを、まるで今のわたしの心のようだと言ったら、ギアッチョは笑うだろうか。
「そんな白馬の王子様みたいなこと言われたら、告白されてるのかと思っちゃうよ」
しばらくキョトンとしていたギアッチョは、血塗れの私なんかよりよっぽど真っ赤な顔をして、「そんなこと言ってる場合じゃあねえだろーが!!」と至極真っ当にキレてみせたのだった。