プリズム




 プロシュートとは、同じチームの仲間であるだけでなく、個人として仲が良かった。世話焼きな面もあるものの、かといって踏み込み過ぎず、さっぱりとした付き合いをしてくれるのが心地良かった。ただそれはあくまで友人としてであり、恋人になることはないだろうな、と思っていた。
それは、プロシュートの誘うチェーナが大体お高いお店で、ほんの気まぐれに渡した誕生日プレゼントに何倍もバカ高いお返しを渡してくる、その金銭感覚が故だった。一度「あんなに高いリストランテに行く服なんて持ってない」と言ったことがあったけれど、その日のうちにチェーナの為だけの服を数着見繕ってこられて、以来その断り方は諦めたくらいだ。


「好きだ」


だというのに、ある日プロシュートは大きな薔薇の花束を持って私にそう告げてきた。日本人である私に合わせてわざわざ告白してくれたらしい。
照れ臭いのかぶっきらぼうにそう言うプロシュートに、私はいたく感激してしまって、あっさりと恋人になってしまったのだった。

恋人になって改めて再確認したが、プロシュートは顔立ちが整っている。そんな上品な顔立ちの横で、薄い存在感をぶら下げながら歩くことになって、思った。これは、大した未来もない私に神様がくれたボーナスステージなのだろう。永劫続くわけでもないこの瞬間を、終わりが来るまで気楽に楽しめばいいんだ、と。






「任務で遅くなると思うから、今日は好きにご飯食べてていいよ」
「そうか、じゃあオレが作っておく」
「え」

不満が声にも顔にも出ていたのか、何だその顔はと眉に皺を寄せるプロシュート。高級志向であろうプロシュートの使う食材は、どこかリッチな雰囲気がして、毎度身が強張る。つつましいと言えば聞こえはいいが、住むところが変わってもいつまでも貧乏性な私には緊張する料理だった。

「そ、そんなに立派なもんじゃなくていいからね……」
「いつもと似たようなモンしか作らねえよ」


抵抗もむなしく"いつも通り"のご飯が出るだろう光景にこっそりとため息を吐きながら、プロシュートに心情を悟られないうちに家を出て、アジトに向かったーーのだが。


「え、中止?」
「……標的が捕まったらしい」
「捕まったぁ!??」

なんでも、標的は奥さんにバレて密告されたらしい。そんなバカなことがあるものなのか、と思わなくもなかったけれど、私は自然とその奥さんの方に想いを馳せてしまった。

「(この人は、旦那の誤ちをちゃんと正せる人だったんだな)」

私はプロシュートが間違った時、何かしてあげられるのだろうか。……今晩の食事にすら、怯えている分際で。そう思うと今の自分の状況が、無性に情けなくなってしまった。

「リゾット!今日はもう帰っていいんだよね!?」
「ん…ああ、そうだな」
「わかった!お疲れ様でした!!!」

いやに大きな声で出て行く私を怪訝そうにしていたリゾットに見送られながら、私は決心していた。

とりあえず、プロシュートの後尾けよ!!!!!







「……おいガッティーナ、今日は"仕事"じゃあなかったのか?」
「!!!」

店に入って行ったのを確かめて、柱の影から飛び出した瞬間、肩をポンと掴まれる。その異様な握力に驚くのも束の間、耳元にぞわりと囁きかけてきたプロシュートの囁きに、心臓が飛び出しそうになった。

「ププププロシュート…?!なんで…」
「それで隠れてたつもりならオメーに尾行は向いてねーな」
「えっ、ええっ?!もしかしてバレて…」
「当たり前だ」

わざとらしいくらい盛大にため息を吐くプロシュートに居た堪れなくなりながら、私は今日の任務がなくなった経緯と、尾行していたのは偶然見かけたからこっそり見ていただけだと説明した。一旦は納得したものの、やはり尾行の方が気になるようで(まあ実際、偶然はウソなんだけど…)、誤魔化そうと強引に腕を引いて店に入った。

「あ、ほら!このビーツは?安いよ?」
「…言っとくが、オレは良いと思ったから買ってんだ。高いからどう、低いからどうとかいう話じゃあねえ」
「へえ……」
「野菜はここで買うが果物なら向こうの通りの店で買う、とかな」

プロシュートの言う向こうの通りの店とは、私もお気に入りの青果店だった。形が不揃いだったり歪だったりして見た目に難がある代わりに、安くて美味しい果物を仕入れているお店なのだ。
買い終わって店先で待っていた私のもとへ、野菜の入った袋を下げたプロシュートが歩いてくる。それが無性に可愛くて、自分の思い込みが申し訳なくなった。

「てっきり高いものが好きなのかと思ってた…ごめん」
「何をどう取ればそうなるんだよ」
「だって、高いリストランテしか行かないし、誕生日とか記念日に身に付けるのも恐れ多いようなものばっかりくれるから、つい……」

胃が重くなった記憶が蘇り思わずお腹をさすっていると、プロシュートはやけに神妙にかしこまった。

「なんだ、趣味に合わなかったのか?」
「え、いや、そういうわけじゃあ……」
「オレが良いと思ったことをしているとは言っても、オメーが良いと思わなきゃ意味ねーだろうが」

ーー正直に言え、と視線が促している。
怒っているような様子はなくて、むしろどこか心配しているようにさえ感じた。

咄嗟に、ここに来る前の出来事を思い出す。
プロシュートに自分の気持ちも伝えられないで、もしプロシュートが道を誤った時、助けることができるだろうかーー……


「…………緊張、するの…」
「緊張?」

プロシュートの青くて海よりも輝いている美しい瞳が、私を捉えて揺れた。プロシュートの青に映った私が、景観を損ねるみたいにそこに存在している。

「プロシュートの行くところも、食べるものも、全部プロシュートにしか似合わなくて、」

ああ、そっか。
不釣り合いな自分達がいつまでも続くはずがない、なんて言っておきながら、私はいつまでもプロシュートが届かない位置にいるみたいで、嫌だったんだ。

「プロシュートに私は、相応しくないんだって強く実感するから……」

そんなことずっとわかっていたのに、プロシュートの隣を歩く資格がないみたい、と今更嘆いているとは、バカみたいだ。私はもう、今だけじゃなく、これからもずっとプロシュートの隣を歩きたくなってしまっていたのか。

「あ、でも食材は勘違いだったし、もしかして他にも私が早とちりしてることがあったら申し訳な…」
「……なまえ」

視線がどんどん下がっていくのを許さないみたいに、プロシュートは私の両頬をがっしりと包み込んだ。

「高級リストランテに誘ったのは、お前に気があったからだ」
「……え」
「プレゼントに金を掛けたのもお前を喜ばせたかったからだ」
「え、あの」
「作る飯がやけにかしこまってるのも、お前に見栄を張ってたからだ」
「ちょ、ちょっと待って」
「なまえ」

逸らしたはずの視線も、プロシュートの強い視線に引き寄せられてしまう。
私を捉えて離さない青の瞳と、諭すような優しい声色が、私の不安を解かすようだった。

「オレはなまえだからやってたんだ、誰でも彼でもするわけじゃあねえ」
「は、はい」
「でもお前は、もっと家庭的な方が落ち着くんだな?」
「!……うん…」

プロシュートが、私に歩み寄ろうとしてくれている。いつまでも不安がっているわけにはいかないと笑顔を作ってみせると、私の両頬を包むプロシュートの手が頬を離れ、どこか満足げな様子で微笑んだ。

「よし、とりあえず今日は一緒に作るか」
「いいの?」
「いいに決まってんだろ……っと、」

プロシュートは通りを一瞥したかと思うと、野菜の入った袋を下げたまま歩き出してしまった。

「ちょっとだけ待ってろ」
「? うん」







「なまえ」
「……!」

呼び掛けられて振り返ると、そこには大きな薔薇の花束を抱えた、プロシュートが立っていた。


「好きだ」


プロシュートが大きな薔薇の花束を持って私にそう告げてきたあの日。あの日もプロシュートは、わざわざ日本人である私に合わせて告白してくれていた。
あの日と同じシチュエーションに、そして、あの日と変わらぬプロシュートの気持ちに、思わず息を呑む。目頭が熱くなって、また涙が溢れてしまいそうだった。

「似合うだの似合わないだのはオメーが勝手に思ってるだけだ。オレがお前を好きで、お前がオレを好きなら、そんなこと関係ねえ」
「プロシュート……」
「だから、お前が不安になるたび伝えてやる」

花束を受け取ると、プロシュートが耳元で『愛してる』と囁いた。途端に決壊した涙腺を見ながら、フッと微笑む。

「これじゃあ足らねえか?」
「…ううん……ありがとう、プロシュート……」

花束を受け取ると、プロシュートは買い物袋を下げた愛らしい姿に戻った。プロシュートはこんな風に、いつも私の隣にいてくれたのかもしれない。私が勝手に、プロシュートから離れて歩いていただけなのかもしれない。そう思うと、目の前の恋人がどうしようもなく愛おしくて、抱きしめたくなってしまった。こんなに大きな花束を貰ってしまっては、それも帰るまでのお預けだ。

「今回もこんな大きい花束じゃあなくてもよかったのに」
「オメーに渡す物で出し渋ったりしねーよ」
「……切符代はケチるくせに」
「素直に乗るわけじゃあねえんだしいいだろ」

照れ隠しでそう言ったのが分かっているのか、はたまた抱きしめたい気持ちを見抜かれたのか、プロシュートはにやりと微笑みながら、「ケチな男の方が好みだったか?ジャポネーゼは謙虚だな」なんてからかうように言うものだから、私はつい、プロシュートが好きだよ、と答えた。


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