曙光
シーザーは、私の幼馴染みだ。私にとっては、小さな頃から何も変わらない大事な幼馴染みなのに、世間にとってはそうではない。小さい時は騒がれていなかった彼も、今ではかっこよくて優しくて、女の子たちの注目の的だ。それが誇らしいようで、嬉しいようで、少し、さみしい。
私も、シーザーも、きっと何も変わっていないはずなのに。周りの環境がそれをよしとしてくれない。どうして男と女が一緒にいるだけで揶揄されてしまうのだろうか。
そんな疑問を抱いているうちに、シーザーもまた変わってしまった。
「なまえ〜!」
「ジョセフ」
駆け寄ってきたジョセフが、ゆっくりと息を整える。
「シーザー見なかったか!?」
「シーザー?見てないけどどうしたの?」
「今日までに提出のプリントさっき見つけちまってよォ〜、シーザーに見せて貰おうと思ったんだが…」
きょろきょろと辺りを見回すジョセフ。その手に持つプリントを覗き見ると、どうやら私のクラスでもやったプリントのようだ。解答を知っているわけではないけれど、これなら力になれるだろう。
「手伝おっか?今からやっても間に合うよ」
飛び上がって喜ぶジョセフ。彼は私の友達であり、そして、シーザーの友達でもある。
シーザーはジョセフや他の男友達といる時は昔と変わらない。それが羨ましくて、妬ましくて。ほんのちょっぴりの下心を持って近づいたのが申し訳ないくらい、今ではいい友達だ。
ずっと、私の一番の友達はシーザーだと思っていた。けれど、今では学内ではほとんど話すことはない。からかわれていた時よりも、こうして避けられてるみたいな今の方がよっぽど辛いなんて、今日も何処かで女の子に声を掛けているシーザーには、わからないんだろうな。
◇
「おかえり、なまえ」
玄関に入ると、シーザーが廊下に立っていた。家が隣同士なのもあって、こうして家を行き来したり、夕食を食べにきたりするのは割とよくあることなのだけれど。
「……シーザー、うちにいたの?」
「居たら悪いのか?」
靴を脱ぎながら「そんなことないけど」と返して、自然とさっきまで一緒にいたジョセフのことを思い出す。先に帰ってたのだとしたら、やっぱりあの時手伝って正解だったな。
「JOJOと何をしていたんだ」
「…え」
なんで知ってるの。そう口にしようと顔を上げた先に、すぐにシーザーの綺麗な顔があって、後退る。確かに、いつも見ているとは言えここ数年で急に整った顔立ちになったなあ、なんて今考えるべきじゃあないことを思いながら、怒っているようなシーザーの様子を伺う。
「ジョセフが、シーザーを探してて」
「…おれを?」
「今日提出のプリントを写させてほしいって言ってたから」
「あのバカまたそうやって楽しようとして…」
「探すより今からやった方が早いと思って、解き方教えてた…んだけど…」
なんで怒ってるの?という視線の意図に気付いたらしいシーザーは、小さく「悪い」と呟いた。
「JOJOがサボったせいというのはわかった」
「まあ、そういうことになる、かも?」
「だがなまえ、いくらJOJOとは言え遅くまで男と二人でいるのは感心しないな」
「……なんで?」
三度目のその問いは、質問ではなく反抗心がほとんどだった。
「当然だッ!何をされるかわかったもんじゃあない」
「ジョセフはそんなことしないって、シーザーの方が分かってるでしょ」
「それは…そうだが、JOJOにその気がなくても誰かに見られたら周りが持て囃すだろ!」
シーザーは、自分がそうであったように、ジョセフの心配もしてあげているのか。友達思いだもんね、シーザーは。
そこに私はきっと、入っていないんだな。
働く気のない頭は自分の聞きたくない言葉だけを受け止めて、私にささくれ立った言葉を吐き出させた。
「シーザーは、それが嫌で外では私のこと避けてるんだもんね」
「!?」
「ごめんね、私といると女の子に声かけられないもんね。今度ジョセフにも迷惑かけてないか確認するよ」
「ま、待て!それは違う!」
嫌味ったらしい言葉を投げ捨てて、そのまま部屋に戻ろうとした。
「避けていたら、わざわざこの家に顔出したりしない」
「…………」
「学校で一緒に過ごさなくなったのは、おまえが…なまえが、前に言ったから…」
腕を掴んでいるシーザーの手が、震えている。
それに心を揺さぶられてしまった私は、思わずシーザーの顔を見上げてしまった。
「『なんでシーザーと居たら、からかわれるんだろう』って……」
シーザーは、今にも泣きそうな顔をしていた。
「おれがいつも別のガールフレンドと歩いていたら、たとえなまえといるところを見られても、ガールフレンドの一人と思うだろう。だから、おれは……」
「ごめん」
大事な幼馴染みを泣かせて、一番の友達を泣かせて、自分だけが辛いと宣うなんて、とんだ大馬鹿者だ。
「勘違いしてごめん…私、てっきりシーザーに避けられてるとばっかり……」
「…いや、おれこそ、そんな態度をとってすまなかった」
「………でも、私……私は……」
そう思うと涙が出てきて、止められそうもなかった。
「私は、他の人に何か言われることよりも、シーザーと一緒にいられないことの方が辛かった…」
「なまえ……!!」
ーー気付いた時には、シーザーに抱きしめられていた。
「おれも……おれも、君と一緒にいたい。おれ達、同じ気持ちだったんだな…」
最後にシーザーをこんな近くで見たのはいつだっただろう。家で話すことはあっても、ずっと蟠りがあった。きっとシーザーは幼馴染みの私なんかより、他のガールフレンドや男友達と話す方が大事なんだって、一人で勝手にいじけていたから。
久しぶりに触れたシーザーは、小さな男の子なんかじゃない、立派な男の人になっていた。
「し、シーザー…くるしいよ…」
「!! わ、悪い!」
腕を離したシーザーは、少し顔が赤くて、照れているようだった。それがなんだか無性に可愛くて、いくら姿形が変わっても、シーザーはシーザーのままなんだなと安心する。
「明日からは、一緒に家を出よう。一緒に帰ってこよう。いいかい?」
「え、朝はいいよぉ…私朝寝坊しちゃうし…」
「おれが起こすさ。一緒に朝食を摂ろう」
さすがはイタリア男と言うべきなのか、やけに甘ったるいシーザーの言動に、今までとの落差で些か気恥ずかしい。
なのに、明日からまた一緒にいられるのかと思うと、恥ずかしさが気にならないくらい、わくわくしてたまらなかった。
「へへ、これで仲直りだね」
「仲直りもなにも、喧嘩してたつもりは…」
「また友達に戻れてよかった〜!」
「………………は?」
心の底からの安堵の言葉と共に、シーザーが突然固まってしまう。
「え?どうしたの、シーザ…」
「あーーーーー、いや、そうか、別にそうだとは言ってなかったな……」
「???、え、なに?なんの話…??」
頭を抱えてしまったシーザーに、困惑するしかできないでいる私。玄関でいつまでも話していたからか、そこへお母さんが帰ってきた。
「いつまでもボーッとしてるな!夕食の手伝いするぞ、スカタン!」
「え、あ、うん!」
結局、シーザーが最後なんの話をしていたのかはわからなかったけれど、昔みたいに優しく小突くその手が嬉しくて、すぐに忘れてしまった。