ーーシーザーの鞄にはいつも傘が入っている。
もちろんそれは、雨の日で普通の傘を持ってきていても。



「あいつは朝天気予報やってる時間に起きないし、そもそも起きても見ないからな」


常に鞄の中に入れられたままの折り畳み傘について尋ねれば、そんな答えが返ってきた。
あいつ、というのは、隣のクラスにいるシーザーの幼馴染、なまえのことだろう。


「まあ基本は突然雨に降られた時用の予備だ」


ジョセフは普通そっちを先に言うもんじゃあねーの、と思いつつも、世話焼きな友人に助けられた過去の出来事を反芻して口に出すのをやめておいた。

そもそも、今も筆箱を忘れたから鞄を開いたわけで。彼の優しさをありがたく享受する身としては、今そこに茶々を入れるのはどう考えても悪手だろう、と。


「ほら、シャーペンと予備の消しゴム」
「ありがとうございますシーザー様〜!」


瞬時にこれも幼なじみのための予備だろうなと察したジョセフは、始業時間までのタイムリミットを時計で確認してからシーザーに向き直る。


「その幼馴染とはケッコー長いの?」
「なんだ急に」
「いやァー、この消しゴムの予備もその幼馴染ちゃんに貸してるんだろうなー、やっさしーなー!と思ってさ〜?」
「茶化すなら返してもらうぞ」
「あーッ!うそうそ!大人しく退散しまーす!」

ぐるりと右回転して黒板の方を向く。と、視界に一瞬映った窓の外が、やけに暗く感じたな、と顔をそちらに向けた。
どんよりした雲が、ゆったりとこちらに向かってきている。

もうじき、雨が降りそうだ。




「なまえ」
「あ、シーザー!!」


下駄箱の先の昇降口で立っているなまえに、シーザーは傘を差してから近づいた。手ぶらである彼女を見てやっぱりか、と鼻で笑う。


「どうせ傘持ってないんだろ?ならーー…」
「入れてくれる?ごめんねほんとありがと!!」
「……! あ、ああ」


傘を差したシーザーの懐にするりと入ってきたなまえの近さに、シーザーは言葉を飲み込んだ。
取り出そうとしていた折り畳み傘からも手を離すと、そのままジッパーを閉めて歩き出す。


「持つべきものは優しい幼馴染だなあ〜」


こんな時ばかりジョセフのように持ち上げた発言をするなまえのつむじをじっと見下ろす。

相合傘をするなんて、別に初めてなわけでもない。
そう心に言い聞かせながら、シーザーは傘を強く握りしめる。何も動揺することじゃあない。でもならなぜ、折り畳み傘は鞄に入れたままなんだ?


「なんで黙ってんの?」
「……呆れてたんだ。おまえはいつになったら傘を持ち歩くんだ?」
「家出る時にもう降ってたらかなー」


ため息を吐くシーザーを気にもせず能天気にそう答えるなまえ。ふとシーザーがひっついていない方の肩を確認してみたものの、心配の甲斐なくまったく濡れていなかった。


「それに、シーザーが入れてくれるでしょ?」


回された腕がぽんとシーザーの肩をたたく。何を自分本位な考えをしているんだ、と言ってやりたいはずなのに、なまえの笑った顔を見るとできなかった。


「……おれが傘を忘れなかったらな」
「へへ、やったー」


触れた身体がやけに熱く感じる。馴れ馴れしくくっついてくるなまえが、きっと子供体温なのだろう。それがうつっておれまで熱くなってしまっているのだ。シーザーはそう考えて、雨が自分の肩を濡らすのを感じながら、そっと傘を傾けた。



 シーザーの鞄にはいつも傘が入っている。
通り雨の予備と、傘を持たない幼馴染に貸すために。

けれどそれは、今はまだ開かずに眠っている。



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