不治の病
「まだ治らないのか?」
ドアを開けるなりベッドに寝ているわたしを見てそう言い放ったメローネは、連日連夜何やら袋を手に持っている。片方は大体今日みたいに果物が入っていることが多いのだけれど、もう片方はどうやら今日は薔薇の花みたいだ。
「誰かさんがゆっくりさせてくれたらもうちょっと早く治ってたと思うよ」
「そりゃあひどい奴もいたものだな」
花瓶に薔薇を挿したメローネはいつのまにか用意したらしい椅子に座って、ベッド横でリンゴを剥き始めた。料理の腕はあんまりって言ってた割に、リンゴを器用にウサギさんにしている。
「……もしかして、練習した?」
「そう見えるか?」
「ううん、もしそうだったら惚れ直すなって」
あ、余計なこと言った。
メローネの手の中のリンゴが無残にも真っ二つになっているのを見て、そう確信するも時すでに遅く、メローネは眼前まで迫ってきていた。
「り、リンゴ剥いてくれないの?」
「なまえが誘ったんだろ」
「別に誘ってな……」
ああもう、またそうやって。言い終わる前に入り込んで来た舌が追い返す間も無く私の思考を侵食する。熱があるのは私のはずなのに、メローネの舌が熱くて熱くて溶けてしまいそうだ。時折漏れる息も、頬を包む手のひらさえも熱くてーーー
「っ待って熱すぎない!?メローネ熱あるんじゃない?!!」
「興奮してるからな」
「いや絶対違うって!帰って寝な?!!」
「やだ」
そう言うや否や布団に潜り込んできたメローネはやはり少し顔が赤くて、無理に追い出せなくもなかったけれど流石に病人に鞭打つような真似は避けたかった。抵抗しない私に味をしめたのか擦り寄ってあちこちに口付け始めるメローネを見て、これはさっさとこの場で寝かしつけたほうが安静にできるなと踏んだ私は、結局そのままメローネと一緒に眠ったのだった。
目が覚めたと同時に、自分の体調がすこぶる良くなったのを感じて、勢いよく起き上がる。良かった、これでまたいつも通りに生活できる!アジトに顔を出して、ここ数日のことを謝らなくっちゃ、とまで考えて、ふと横を見た。
「メローネ……?」
「なまえ…」
とろんとした目つきに思考が働いていないようなボーッとした視線。寝起きだから、というにはあまりに赤い顔と熱い肌。だからあれほど言ったのに、やっぱり案の定風邪がうつってしまったようだ。
「良好そうだな」
「誰かさんのおかげでね!その誰かさんはあんなに注意したのに風邪ひいたみたいだけど!?」
「君を独り占めする悪いウイルスは根こそぎ奪えたようで何よりだ」
起き上がっていつものアイマスクをつけるメローネ。つけるべきはお口のマスクじゃあないの、なんて嫌味っぽいだろうか。
「もし動けるようなら、アジトに顔を出したらどうだ?リゾットも心配してたぜ」
「それはいいけど、メローネは大丈夫?」
「多少おぼつかない所はあるが、まあこれくらいどうとでもなるさ」
掛けていたジャケットに袖を通し、見るからに帰る準備をしているメローネ。誰が見ても大丈夫そうではないのに取り繕う様を見て、少しムッとする。ジャケットを剥ぎ取ってベッドへ追い返せば、平静を装いながら、襲われる側もいいな、なんてぬかしていた。
「買い物がてらアジトに顔出してくるけど、メローネは留守番しててね」
「……いてもいいのか?」
「そんな熱あるのに一人で帰すわけないでしょ!すぐ帰ってくるから大人しく寝ててよ」
メローネはやけに素直に言うことを聞いてベッドに潜る。嬉しそうに「いってらっしゃい」と言われたのが、なんだか無性にくすぐったかった。
先にアジトに顔を出すと、イルーゾォが死人でも見るかのような目で出迎えてくれた。たかが数日で死んだことにするとはどういう了見だ。それだけ仕事が大変だったのかと思いそのままリゾットのところへ謝りに行き、見舞いの言葉と連絡事項を聞いてから帰路についた。
リゾットが言うには、毎日のように甲斐甲斐しくお見舞いに来ていただけでなく、私に振る予定だった仕事も私が気に病まないようにとメローネが率先してこなしてくれていたらしい(本人は言うなと言っていたらしいけど)。
恋人になったからと言ってお互い特別扱いするわけでもなかったし、付き合う前と別段変わったことはないと思っていたけど、メローネはメローネなりに優しくしてくれていたのかもしれない。
メローネは何を考えながら花や果物を買ってきてくれていたのだろうか。メローネが毎日寄っていただろう果物屋の前で、メローネが花を選んだであろう花屋の前で、メローネのことばかりを考える。
……もしかしたらメローネは、ここ数日だけじゃなくずっとずっと寂しかったのかもしれない。
***
「ただいま!メローネ、大丈夫?」
「おかえり、なまえ。心配そうな顔もディ・モールト良いな…」
「冗談言う元気はあるご様子で」
家を出た時より具合の悪そうなメローネの減らず口が虚勢を張っているみたいで、心配になって傍に近づいた。おどけてみせてはいるものの、息は荒いし汗も酷い。
「お腹すいてる?その前に汗拭こうか?」
「、ああ……」
「じゃあタオルと着替え持ってくるね」
タオルで拭いている間も、着替えさせている時も。ベッドに入ってからメローネはずっと素直に言うことを聞いていた。こんなところで子を持つ母の気分を味わうとは思わなかったな、なんて考えながら、母鳥がするみたいに雛鳥に食べ物を与えた。
「ごちそうさま」
「食欲はあって良かったよ…お水のむ?」
「ああ、グラッツェ」
口から溢れる水をタオルで拭いてやる。一瞬した申し訳なさそうな顔がどうにもやるせなくて、そっと頭を撫でた。
「病人は甘えていいんだよ」
「……なあ、マスクを一枚くれないか?」
「マスク?いいけど……はい」
マスクを渡した手をやんわりと引かれて腕の中になだれ込むと、すがりつくかのように抱きしめられる。背中をさするとさらに力を込めてくるメローネは、子供というより、赤子のようだった。
「……やっぱり、看病はするよりされる方がいいな」
「どうして?」
「君の心を独り占めできる」
たまには風邪をひくもんだと心底嬉しそうな顔をしたメローネが、幸せそうにえへへと笑った。愛らしいその表情に胸が疼く。
「メローネ」
「ん?」
私は勝手に、メローネのことを淡白な人間だと思い込んでいた。どこか自分勝手で、興味のあるものだけに惹かれ、飽きたらもうどうでもいい、と思うタイプだと思っていた。だから、メローネが迫ってきても「今はそういう気分なんだろうな」とか、「コロコロ気分が変わるな」と、どこか俯瞰しているような気持ちで考えていた。
でも、それはメローネの数ある一面でしかなかった。
メローネは確かにチームでも淡白な方かもしれない。けれどそれは表に出にくいだけで、仲間を大事に想う気持ちは、他のメンバーにも引けを取らなかった。……そういうところを、好きになったはずなのに。どうして恋人になった途端、忘れてしまったのだろう。
「風邪ひいてなくても、甘えたくなったら甘えていいよ」
「……」
「ごめんね、私メローネの優しさに甘えてたよね」
ーーすきだよ。 途端、メローネは目を見開いて、私をじっと見つめた。
気持ちを言葉にして伝えるのはいつぶりだろうか。そもそも、好きだと伝えたことがあっただろうか。
メローネが眩しいものでも見るみたいに目を細める。それからゆっくりと視線を外すと、握りしめていたマスクを一瞥して、もう一度私の方を見た。
「つけたばかりのマスクなら、綺麗だよな」
「? 多分……?」
「そうか、なら安心した」
マスク越しでもわかるほど熱い唇が、私の唇に重なった。
「オレも君が好きだ」
「メローネ…」
「風邪をひいていなければ、もう少し熱烈なやつをプレゼントするんだが」
それはまた今度にしよう、と顔をすり寄せる。摩擦でぼさぼさになっていく髪が愛おしくてたまらなくなって、髪を梳くようにまた頭を撫でた。
「しかし好きな時に甘えていいと言うのは言い過ぎじゃあないか?オレは外でもアジトでもすぐに甘えちまうぜ」
「じゃあ病人限定にしとく?」
「恋の病は治らないからな、オレはいつでも甘えていいってわけだ」
自分で言い過ぎって言ったくせに、どの口が言うんだか。絡めとられた指先に力を込めると、メローネはまた、私を腕の中に引き込んだ。