教室に入るなり先生に面倒ごとを頼まれて、自分が今日日直だったことを思い出す。そこから昼休みに至るまで、凄まじい勢いで今まで溜まっていたらしい雑務を押し付けられる。ムッとしたような気持ちで、山のように積み上げられたプリントを掴む手に力を込めた。私だから断らないとでも思ってるんでしょう、先生。私だって断る時は断りますからね。
「はあ‥‥」
自然とため息がこぼれて、視線がゆるゆると下を向く。今日はまだ一度も沢村くんと話してない。避ける気持ちなんて全くないのに、まるで避けてるみたいで嫌だなあ。
さすがに次にもし先生に雑務を頼まれたら、はっきりと断ろう。そう思って視線を下から前に変えた途端、目の前に壁が見えた。
「しまった‥!」
強打した手に見向きもせずにプリントを急いで拾い集める。さすがに私の視界を覆うくらいあっただけあって、集めるのが大変だ。一枚一枚順番を確かめるように拾い上げていると、プリントが何枚か束になって私の視界に差し出された。男の子の手だ。感謝の言葉と共に顔を上げると、そこには話したくてたまらなかった沢村くんの顔があった。
「沢村くん!」
「大丈夫か?俺も手伝うぞ!」
沢村くんの優しさがあまりに嬉しくて、沢村くんが良いことでもあったのかと聞いてくるほどににこにこしてしまう。なんでもないよ、なんて言っても説得力がなくて、正直に言うべきかと悩んでいたら、職員室についた。沢村くんといると、時間があっという間だな‥!無事に渡し終えて帰ろうとすると、沢村くんの表情がそわそわし始める。
「苗字、実はちょっと聞きたいこ‥」
「沢村、ちょうどよかった。ちょっと来い」
「なぬ!?」
職員室から出ようとした途端、沢村くんが入口付近にいた先生に呼び止められてしまう。沢村くんは今にも逃げ出してしまいそうな顔をしていたけど、もしかして何かやらかしちゃったのかな。ご飯食べ終わってたらいいけど、長引いたら大変だな‥。そんなことを考えたらなんだかお腹が空いてきて、私は縋るような目で見る沢村くんに後ろ髪を引かれる思いになりつつその場を去った。
それからしばらくして。ご飯を食べ終えて手を洗いに行っていると、バタバタと忙しない音が近付いてくるのに気が付く。何事かと振り向くと先生に追われているらしい汗だく猛ダッシュの沢村くんとバッチリ目が合って、ぎょっとした。
「苗字!」
「さ、沢村くんどうし‥」
言葉を紡ぐ間もなく、沢村くんに腕を引かれるまま、近くの教室に入ったかと思うと、沢村くんは何故か教卓の下に私を押し込む。
ーーそしてそのまま、沢村くんも教卓の下に潜り込んだ。
近い。物凄く近い。馬鹿なんじゃないのってくらい、近い。近い、近いよ沢村くん!!!どうして一緒に隠れる羽目になっているのかとか、事情は知らないけど私は隠れなくても良かったんじゃないのかなとか、頭に浮かんではすぐに消えてしまうくらい、近くて。‥‥あまりに恥ずかしくて、しんでしまいそうだ。
「‥‥行ったみたいだな」
「‥‥‥」
「すまん苗字、巻き込んじまっ‥‥」
扉の方を睨んでいた沢村くんは、足音が遠ざかって安心したのか此方を向いた。と同時に現在の状況に気がついたらしく、顔を真っ赤にした。
「わ、悪い!!おおお俺‥‥!」
「だっ大丈夫!大丈夫だから‥!」
慌てて飛び出た沢村くんに手を引かれながら、私も教卓の下から抜け出る。教室への帰路は、ちょっぴり気まずかった。
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