「はい、苗字で…」
「もしもーし、なまえの世界一大好きな御幸一也でーす」
「人違いでーす」
「ちょ、おいおい切ろうとするなって!」

あまりに必死に引き止めるので、私は仕方なくもう一度受話器を耳にかざした。
つれねえなあ、なんて一也は笑って言うけれど、この電話が何ヶ月ぶりかということを考えれば、どう考えてもつれないのは一也の方だ。寂しい思いをさせた一也が悪いんだ。
けど、腹が立つので絶対に言ってやらない。

「寂しかった?」
「別に。間に合ってます」
「うわ何浮気?一也くん泣いちゃう」
「一也こそ、そろそろ可愛い女子アナの1人や2人捕まえたんじゃないの」

言ってから正直、しまったと思った。これじゃあまるで、私が一也のことを大好きみたいじゃないか。いかにも機嫌が悪い声で嫉妬してますみたいなこと言って。これじゃあ、私ばっかり、一也のことが好きみたいじゃないか。

「可愛い女子アナは簡単に捕まえられっかもしんねーけど、そしたら愛しのなまえちゃんが逃げそうだからな〜」
「一也って、釣った魚に餌はやらないタイプ?そりゃ逃げられるよ」
「逃げんの?」

急に真面目な声でそう尋ねられて、つい口ごもる。一也の、普段はおちゃらけたように装うくせに、こうして真面目になって、格好良いところを見せてくるところが、苦手で大嫌いで、大好きだった。

「………今日電話かかってこなかったら、逃げてたかもね」
「じゃ、俺ってばナイスタイミング?」
「ほんとだよ。あーあ、また逃げ損ねた」

雰囲気に流されて思わず笑い合っていると、遠くから知らない男性が一也を呼ぶ声が聞こえた。一也はそろそろ切るわ、と訳も話さず切ろうとしたかと思うと、あのさ。とまた真面目な声色で呟く。

「俺はすげー寂しかった。じゃ、またな」
「……え、ちょ、ちょっと待っ…」

ツーツーと鳴り続ける受話器を耳に当てたまま、私はその場で立ち尽くすことしかできなかった。
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