大好きな彼と同棲する事になった。
江戸の治安を守る職業の彼はとても忙しく、あまり家に帰らない事もある。それでも初めての彼氏。初めての同棲。私はとてつもなく浮かれていた。


「山崎さん、冷蔵庫は実家の母がくれるみたいです。ちょっと小さいですけど、二人なら問題ないだろうって。」

「えぇ、そうなの?何だか申し訳ないなあ。お礼の電話しなくっちゃ。」

「ふふ。母は山崎さんのこと気に入ってますから、お電話もらえたら喜ぶと思います。」


数ヶ月前、あまり気乗りしなかったお見合いで彼と出会った。最初は嫌々したお見合いだったけれど、今では両親と真選組の方に感謝しかない。初対面なのに不貞腐れていた私に優しく笑いかけてくれて、穏やかで大人な彼に私はあっという間に惹かれていきお付き合いをする事になった。
元々がお見合いという事もあり、結婚前提に同棲でもどうか、と松平様から提案された時は流石に吃驚したけれど。相手が山崎さんなら何の不満だって無かった。

やっと合わさった二人の休みに手を繋いで江戸の街を歩くのも、幸せすぎて溶けてしまいそうだ。自分でも驚くくらい、私は山崎さんにベタ惚れしていた。
チラッと山崎さんを盗み見すると、「ん?」と笑いながら首を傾げる山崎さんと目が合い、ボッと顔が赤くなるのを感じる。本当に、そろそろ自分でもヤバイと思う。


「カーテンの色は何にします?あ、山崎さんって風水とか気にしますか?」

「うーん。特には気にならないかなあ。千春ちゃんの好きな色でいいよ。」


ただひとつ、不満な点を言えば彼は優しすぎる事だ。いつもニコニコしてて怒ったところを見たことがない。歳上という事もあって私の願いを何でも叶えてくれる、大人の余裕というものがいつも見える。
私の事を優先してくれるのは嬉しいけれど、私だって山崎さんの好きなものに囲まれて生活してみたいのになあ。彼が好きなものなら、例え苦手なものだって克服できる自信があるのに。


「……何だか、私ばっかり好きみたい」

「え?」

「あ、いえ…。何でもないです!そうだ、お揃いのマグカップ買いません?あっちに新しく雑貨屋さんが出来たんですって!」


きょとん、と目を瞬かせる山崎さんを見て しまった、と思う。うっかり口に出してしまったようだ。慌てて山崎さんの手を引いて誤魔化すように歩を進めた。そもそもお見合いからスタートしてまだ数ヶ月だし、私より大人の山崎さんとでは流石に温度差があっても仕方がない。そう無理矢理納得させて、私は何事も無かったように買い物を進めていった。少しだけ、寂しい心だけは誤魔化せそうにないけれど…。


「あ、千春ちゃん、待って!」

「え?」


急に山崎さんに呼び止められ、繋がれていた手が後ろに引っ張られヨタついてしまう。が、あっさり山崎さんの胸の中へと支えられる形で収まった。思ったよりも分厚い胸板がすぐ側で感じられて恥ずかしさで死にそうになった。
ごめんね、大丈夫?と顔を覗き込んでくる山崎さんから慌てて距離を取る。心臓が煩いくらいに高鳴っていた。「だ、大丈夫です。」上擦った声での返事に果たして説得力はあったのか。


「ここ、この店寄ってもいい?」

「は、はい…」


珍しく、山崎さんからの提案に驚く。そこは少し年季の入ったアンティークなお店だった。嫌いな雰囲気じゃない。寧ろ落ち着くような、レトロな商品が並んでいる。ふぅん。山崎さんはこういうのが好きなのかな。頭の中にしっかりメモを取った。


「あのね、怒らないで聞いてほしいんだけど。」

「?はい。」

「さっきシトリで買った机をキャンセルして、こっちの机に変更とか、どうかな?」


それは優しい木材でできた温かみのある小さな机だった。先程お値段以上のキャッチコピーで有名なシトリで注文してきたばかりのシックな白い机に比べれば、一回り程小さい。二人で生活する分には申し分ないけれど、お客さんが来たときのことを考えると少し不便な気もする。


「これ、ですか?確かにこれも素敵ですけど、もう少し大きいサイズの方が良くないですか?」

「うん。でも、ほら…。こっちの方が君を近くで感じながら食べれるかな、て」

「…へ」

「中々いつも一緒に食事を取れるわけじゃないから、何というか、こんなちょっとした距離でも近くにいれたらなあ、と思って。…あはは、何か俺気持ち悪いね。ごめんね」


そう言って山崎さんは眉根を下げて笑った。その台詞の内容をゆっくり理解して、私益々山崎さんが好きになる。これはもう沼だ。山崎さんが好きすぎてどんどん沼に落ちていく。うぅ〜と声にならない呻き声を上げて、堪らず山崎さんに抱きついた。
頭上から物凄く焦った声が聞こえるけど、今は顔を上げる勇気がないので聞こえないフリをする。締まりのない顔、真っ赤なほっぺ。私はきっと、とてつもなく情けない顔をしているだろうから。


「もう、ほんっと山崎さんそういうとこ!」