※大人な松川一静と大人になりたい彼女の話





夏本番を迎える前に連日蒸し暑さが続き、それは夜になっても消えることはない。また今日も。カラカラ……ベランダの戸を開けるともわりと湿気を感じる。数分前からそこにいた一静が音に振り返ってふっと笑んだ。手に持つケースに気付きながらも隣に並べば、途端鼻をくすぐる煙。

「…やっぱり煙草の匂い苦手」
「なら来なきゃいいのに」

笑みを含んだ声とともに至極普通の解決方法を提案され、そうだけど、と溢す。私が煙草が苦手だからとわざわざ蒸すベランダに出てくれる一静からしてみればはた迷惑な話だろう。前の道路を走る数少ない車を追っていた目で彼をちらりと一瞥すると視線がかち合う。

「何、どうした」

まだ大半の長さを残す煙草を口に加え、私の頭をぽんぽんと撫でる一静を見上げる。大人、だなあ。歳の差うんぬん言われるほど離れているわけではないけれど、そこに確かに存在するそれは、時にこうして私の胸を締める。

「…私も煙草吸おうかな」
「なんで?」
「大人になれそうだから」

一静の隣に堂々と並べるくらいの大人の女になれそうだから。
そう言えば瞬きを数回した彼はくつくつと笑って煙草を消した。

「そのままじゃだめなの?」
「…だめなの」
「俺はそのままの花がいいって言っても?」

ああもうずるい。そんな口説き文句をさらっと吐ける一静はずるい。こういうところでも年上を、大人を感じる。同時に簡単にほだされてしまいそうになる私はやはり大人にはなりきれないのだ。
けれど、心の中に巣食うもやもやはそれでも晴れなくて、俯けばまた一静の大きい手が髪を撫でる。

「俺がどんだけ花に救われてるか知らないだろ」
「…なにそれ大げさ」
「だったらよかったのかもな」

そう言って彼は優しく笑う。

「大人の世界は厳しいからさ。色々あったりするけど、帰ってきて花の顔見ると安心するわけ。それはきっと花が言う大人の女にはできないと思うんだけど、どう?」

ばりばり働ける女の人。煙草が似合う大人の女性。きっと私を入れたほとんどの人が一静の隣に合うのはそういう人だと思うだろう。でも目の前のこの人は私がいいと言う。それはなんて複雑で、歯痒くて、嬉しいことだろう。

「……ありがとう」
「どういたしまして」
「でもちょっと吸ってみたいかも。煙草吸う人みんなおいしいって言うし…」
「煙で既にだめなのにか?まあ、止めはしないけど」

てっきり止めとけと言われると思ったから拍子抜けする。差し出された箱に緊張感を持って手を伸ばせば瞬間腕を引かれ、訪れたキス。角度を変えて繰り返される度に苦さが口内を巡る。やっと解放された頃にはそれは拭えなくなっていた。

「っいっせ、」
「大人の女にはまだ遠いな」

揶揄するような台詞はそこに愛しさを含んでいた。