大きくなったら結婚しようなんてよくある文句だ。それでも頭に残ってるのは今でも英太が隣にいるからだろうか。

「お、花!今帰りか?」

体育館の横を通ればひょっこり顔を出す英太。

「そ。部活終わったから」
「ならちょっと付き合えよ」
「どこに」
「自主練」
「はあ?なんでわた…」
「瀬見ー!片付けー」

抗議の意を唱える前に体育館から聞こえた別の声にそれはかき消された。再度、と思うも「そのままにしておいて」と返した彼は「中で待ってろ」とこれまた自分勝手な台詞を置き去りにして体育館に戻って行った。
…自分勝手なやつめ。
そう悪態をつきながら体育館に足を踏み入れる。中では部活を終えた部員たちが忙しなく動き回っていた。無意識に英太の姿を探す。すぐに目に入った彼は牛島くんと話しているようだ。
瀬見英太。私の幼なじみの腐れ縁。白鳥沢高校バレー部。ポジションはセッター。成績は中の中。私服がダサい(この間天童くんにも指摘されたらしい)。
そして、子どもの頃私が結婚の約束をした相手。
言い出したのはどっちだっただろうか。それは全く思い出せないけど、あの時は私も英太も子どもながらに本気だったと思う。いや、子どもながらに、というか子どもだったからか。恋愛のれの字も知らないような頃にした約束はそれでもなぜか私を縛っているようで。おかげで彼氏と呼べる相手さえもできたことがない。

「お待たせ」
「………はあ…」
「ため息なんかついてどうした」
「…なんでもないデス」

そう英太を一瞥すれば眉を寄せ腑に落ちない顔。私に彼氏ができないのはお前のせいだ、というのは責任転嫁もいいところだけれどこの顔を見てるとどうしても過ってしまうのだ。

「ほら練習。お好きなだけどうぞ」

そう促せばボールをひとつ渡されて、玉だしよろしく、だなんて全くどこまで自由奔放なんだ。






「………はい?」
「ずっと好きだったんだ、鈴木のこと」

ちょっと待て。
この状況はなんなのだろうか。
まず目の前には先ほど私を呼び出した同じクラスの男友達。(しかも顔を赤く染めた)そして今しがた言われたのは。あれ、私もしかして、告白されてる…?その結論に至った瞬間、顔中を駆け巡る熱。

「っえ、ええ!?」
「…若干その反応ショックなんだけど。俺結構アピールしてたと思うんだけどなあ…」

そう肩を落とす彼に未だ整理のつかない頭でどうにかこうにか「な、なんで私、ですか」と口にする。

「中々ハードル高いなその質問…」
「そ、そうだよねごめん…!」
「ああいや、えーっと、……鈴木と一緒にいると心地いい、っていうか気持ちが和らぐっていうか……あと笑顔も好き、だったり……とにかく!!今付き合ってるやつとかいないんだろ?俺、本気で鈴木のこと好きなんだ!!他の誰にもとられたくないくらい!」

肩が強く掴まれる。
私そこまで想われてたんだな、なんて余裕が出てきた思考回路。と同時に迫るのは切羽詰まったような彼の顔。

「え、ちょ、」
「おい待て」

突如聞こえた声と後ろへ引かれた体。見なくてもわかる、声の持ち主。

「…英太」
「野暮なことして悪いな。けどさすがに見逃せなかった」

唖然とする私と彼をよそに淡々と言った英太は「手出さないんだったら続けてどーぞ」そう踵を返した。

「あ、けど」

そのまま去るのかと思いきや不意に振り返った英太は挑発的に笑って。

「俺、そいつと結婚の約束してるから」

とんだ爆弾を落としていった。
そのあと問い詰められたのは言うまでもない。
『大きくなったら結婚しよう』そんなの子ども同士のよくあるままごと延長線だ。年月が経つにつれて風化していって、昔そんなことあったねと思い出話へと変わっていく類いのおやくそく。それなのに。「…さっきの本当なのか?」そう問われたとき咄嗟に返す言葉が出てこなかったのは、私にとって忘れられないおやくそくだったからだ。そしてそれを残していった彼も、また。

体育館にボールの音が響く。
真剣な目、跳ねた息づかい。
エナメルバッグが何個か残っているようだけれどいるのは英太だけだった。サーブで放ったボール同士がぶつかって私の足元に転がった。
そして、振り返った英太と目が合う。

「っうお、びっくりした、」
「………さっきの、」
「は?」
「…結婚の話」

ボールを拾い上げながらぽつり口にする。ずっと気になっていたのに、ずっと聞けなかったこと。ずっと引っ掛かっていたこと。ずっと、心にあったこと。
正面を見て言うことはできなくて俯いた私の目に英太の足が映る。そして呼ばれた私の名前に顔を上げた。

「俺は約束を覚えてるし忘れる気はない。あの時も今も本気でそう思ってる」

真っ直ぐ私を見る目に金縛りにあったように動けなくなる。

「…今もって、どういう意味、」

かろうじて絞り出した声は情けなく震えていた。

「…花が好きだ。あの時からずっと」

ああ、こいつは昔からこういう男だ。澄んだ目の奥に嘘偽りのない色を灯す。そしてそれに私はいつも怖いほどに魅了されるのだ。

「………い、」
「は?」
「っ遅い!!あほか!!!」

本当は頭をひっぱたきたいところだけど譲りに譲ってお腹にパンチを入れる。私の渾身のそれは奴の固い腹筋によって防御されたらしい。全く顔を歪めない様子に心の中で舌打ちする。

「悪かった。けどまずは付き合ってからだと思って」
「…にしても遅くないですか」
「それは本当にごめん」

さっきのようなどきどき感はなくなっていた。代わりにあるのはどことない安心感。結局は私も同じだったのだ。

「……英太が覚えてるとは思わなかった」
「ということは花も覚えてたの」
「…お、ぼえてたよ」
「そっか。よかった」

一度逸らした目を戻せば優しく笑う英太がいて。それに高鳴る心臓と高揚する頬。

「俺と結婚を前提に付き合ってください」

消えることのなかった約束に少し泣きそうになりながら私は英太の手をとった。