重い足取りでわたしが向かったのは図書室。ガラリ、と少し立て付けの悪いドアを開ける。瞬間埃と印刷インクの臭いが鼻をくすぐった。本当はもやもやしすぎて勉強どころじゃないけど、勉強しないリスクはあまりにも大きすぎる。

図書室には、誰もいなかった。いつもいるはずの図書委員さんもいない。
なんとなくカウンターから遠い窓際の席に座り、教科書とノートを取り出した。



わたしが、わたしの頭がもっと良かったら悩むことはなかったのかな。勉強にも、日向くんのことにも。後悔が今さらなのはわかってる。時間が戻らないのも知ってる。でも踏み出す勇気がなかった。あそこで告げる勇気も追いかける勇気も返事をする勇気さえも。
ふとペンを止めると日向くんの笑顔が脳裏に浮かんだ。元気がもらえるそんな笑顔。……やっぱり、好き、だなあ。



急に。がくっと頭が揺れて、視界が一気に鮮明になった。途端ふわふわと浮かんでいた日向くんも消えた。
あれ、わたし寝てた…?
手から転がったシャーペンとぼやけた思考。そうだ。昨日寝られなかったから…。
幸いここの席なら誰か戻ってきてもカウンターからは見えないし、少しだけ。そう思ってわたしは机に突っ伏した。












どのくらい経っただろう。ふいに髪に違和感を覚えて目を覚ました。それでも心地よいまどろみに身を任せて頭を起こさず、ぼんやりと思考を巡らす。


軽く引っ張られている……ううん、というより、遊ばれているような…


だいぶすっきりしてきた頭が出した結論と見えない恐怖がわたしを支配した。思わずびくっと肩を揺らし、同時に顔を上げる。上げ、



「……………ひ、なたくん…?」




目の先には、はっとしたまま固まる日向くん。手からさらりとわたしの髪が滑り落ちる。え、あれ?わたしまだ夢見てるのかな。

…ううん。夢、じゃない。顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせる日向くんは紛れもなく本物の日向くんだ。

「…あ、えーと、教室から鈴木が見えた、から!」
「…そ、そっか!」

日向くんがあまりにも絞り出したように言うから、それ以上何を言えばいいのかわからなくて、目線を泳がす。だってどうしていいかわからないもん…!
って、ちょっと待って。
さっき、日向くんはなんて言った?

「わ、わたしが見え「か、髪ごめん!」
「へ?」

わたしが見えたからここまで来てくれたの?そう続くはずだったわたしの言葉は遮られて代わりに呪文が吐き出される。
カミゴメン?

「なんかよくわかんないんだけど、綺麗だなって思って、気付いたら無意識に触ってて!」

本当にごめん!!と頭を下げる日向くんを見て、さっきの感覚がフラッシュバックする。優しく遊ばれているようなそんな感覚。
途端ぼっと顔に熱が集まる。
日向くんの登場に驚きすぎてたからすっかり忘れてたけど、あれは勘違いじゃなくて、そういう、こと…!
うわああ恥ずかしい…!髪きれいだとか言われたことないし、それに触られたことだってない。
未知の恥ずかしさにパニックになりながらどうにか言葉を絞り出す。

「う、ううん!気にしないで日向くん!」
「で、これ!ありがとう!」
「あ、マフラー…」
「すっごくあったかかった!」
「そっか。日向くんのお役に立てたならよかった」
「……あ、とさ!」

よかった、わたしちゃんと話せてる。それに日向くんあのときのこと気にしてないみたいで安心した。なんて、戻ってきたふわふわマフラーを見つめながら考えていたら日向くんが少し声のボリュームを上げて言葉を続けた。

「名前!鈴木に呼ばれて驚いたけど、嫌じゃなくて、むしろくすぐったいっていうか嬉しかったんだ!だから、これからもそうやって呼んでくれたら…!」

さっき少し治まった赤い顔をまた赤くして、でもわたしをしっかり見て紡がれるそれらに頭が真っ白になる。


日向くんはわたしが名前を呼んだのを覚えていてでも嫌じゃなくてうれしくてだからこれからも…?

「あ、えっと、」

いろんなことを一気に言われてしかも舞い上がりそうな言葉ばかりでまだパニック状態は収まらないけれど、

「しょ、翔陽くん…!ここまで来てくれて、ありがとう」

わたしの言葉を聞いて嬉しそうに照れ笑いをする姿がやっぱり太陽みたいで、この人を好きになってよかったって改めて思ったんだ。













何度でも、何度でも
(呼ぶよ、大好きなあなたの名前を)


(か、帰ろっか!)
(う、うん!あ、あのね!わたしも嬉しかったのああやって言ってもらって…だからありがとう、翔陽くん)
(!!お、おー!)