「あ、おはよう影山!」
「…ああ」

いつからだろう。
幼馴染みであるコイツが俺を名前で呼ばなくなったのは。

ああ、そうだ。
あれは確か1年前くらい。















吐く息が白い。
かじかむ手で自転車の鍵を回した。そこまで大きな音はしなかったが、早朝の冷えきった空気にそれはよく響いた。
ふいに頭上でカラカラと窓が開く音がしてつられるように上を向く。

「飛雄ー…おはよー」
「眠そうだな。今日朝練なかったのか」
「んー今日はお休みなの。…飛雄は毎日早いね。まあ男バレじゃ当たり前か…気を付けてねー」
「ああ」

花のそんな言葉を背に俺は自転車を走らせた。
もう1年前の記憶ともなれば曖昧だが、たぶんこの時はまだ名前を呼ばれていたと思う。

違和感を覚えたのはその日の昼休みだ。










「………あ」

いつものように鞄を漁るも弁当が出てこない。そういえば出掛けに玄関に一旦置いて……そのままだ。自分の失敗にイラつきを覚える。けどまあしょうがない、腹には溜まらないがパンでも買うか。そう思って席を立とうとしたとき。

「影山ー女子が呼んでるー」

どこから飛んできたかもわからないそんな声が届いて、反射的にドアに目を向けた。そこには少し俯き気味に立っている花の姿。

「…これ、おばさんから預かってきた、から」

ずい、と差し出されたものを見ればそれは紛れもなく置いてきた弁当だった。お礼を言いながら受け取って、今まで何度となく言ってきた文句を口にする。

「一緒に食うか?」

途端、驚いたように顔を上げた#咲智#と目が合った。聞きなれているはずのそれを言われるのが予想外だとでもいうみたいに驚いて、それから一瞬顔を曇らせた。

「ううん!私友達と食べるから!うん。えっと、じゃあね………………影山」
「……は?」

まるで言い逃げだ。それだけ口早に言い残して花はすごい勢いで走っていった。
今アイツなんて言った?
最後にぼそりと呟かれたのは俺の名字で。本当に聞こえるか聞こえないか微妙な音量だったけど、確かに影山って…
まあ、いいかとその時はあんまり気にしてなかった。
聞き間違えだと思ったし、単なる気紛れのようなものだとも思ったからだ。





けれど、その気紛れは1年経った今でも続いている。
そしてあの日から見送られることも弁当を一緒に広げることもなくなった。もともとどっちかが合わせなければ時間がかち合うこともなかったから当たり前といえば当たり前だ。
そのまま中学卒業。花が烏野に来ることを知ったのも入学式で他のクラスに花の名前を見つけたからだった。

今では学校で会って朝の挨拶をする程度。最初こそ違和感があったが、それも忙しさにかまけて慣れてしまうと日常に溶ける。

だから久々にその名前を聞いたときなんだか懐かしい気がした。

「そういや今日クラスの子倒れてさー!みんなすげー慌ててたんだけど、過労とか風邪とか確かそんな感じのだったらしくて…」
「なんだよその曖昧なの」

ぐっと日向の背中を押しながらオチのなさそうな話に一応耳を傾けて一応返答しておく。放課後練前のストレッチは基本二人一組でほかに会話に入れる人もいない。だからこれは俺なりの優しさだ。

「だって担任がそう言ってたんだよ!いきなり倒れたからみんな心配しただろうけど、鈴木さんは過労だか風邪だかでー…ってあ、その子鈴木っていうんだけど!」

ぴくりと反応したのが自分でもわかった。

「………影山?」

同時に背中を押す力も弱まったのだろう。日向に呼ばれて我に返る。
アイツ、倒れたのか。

「ちょ、おい影山!押しすぎっつーか上から押せって!前進んでるから!」

日向のオチのなさそうな話は最後どころか途中でかなりのオチをつけてきた。











さよなら1年前
(名字でさえも久々に聞こえた)