「じゃあ今日はここまで!」
「「「っした!!!」」」
「なあなあ影山!今日も残るだろ!おれさ「悪い。今日は帰る」
「えー!」
「珍しいな影山が残らないなんて。まあ当番としては有難いけど。じゃあ明日な」
「…っす」

軽く挨拶をして不服そうな日向と意外そうな表情を見せるキャプテンを背に体育館を後にした。











「あ、飛雄!おかえり。今日は早かったのね。それより、ちょっと聞いた?花ちゃんが倒れたって!さっきたまたま外で会ってもう私びっくりしちゃったわよ。学校で回復したから帰ってきたって言ってたけど心配よねー…」

玄関の扉を開けるとちょうど洗濯物を抱えた母さんと目が合って一気に捲し立てられる。
大丈夫かしら、と眉を下げる母さんから花の話題を聞くことは多くあった。本人同士の繋がりが薄くなった後でも、だ。けれど、それについて追及されることは一切なかった。気付いていたとは思うが、何も変わらない態度に正直安心した。追及されたところで俺には何もわからない。
そんなことがあったのかと思いながらも流すように相槌を打つと、先程下がっていた母さんの眉がはっとしたように上がる。

「そうだ!アンタお見舞い持って行ってよ!」
「お見舞い…」
「いいじゃない。珍しく早く帰って来たんだし。この間段ボールで届いたりんごあるから!ちょっとそこで待ってて!」

どうして、と言おうと開きかけた口を閉じる。どこを拒否の理由に持ってくるかを考えてみるが、どれもこれも切り札にならないものばかりで結局見舞いの品として置いてくればいいかとりんごが大量に入ったビニールを持った。






ただ、置いてくればいいはずだった。はずだった、のに。

「…なんでこうなる…」

思わずため息をこぼす。
インターホンを鳴らして出てきたアイツの母親にりんごを渡した。ここまでは間違っていない。問題はその後だ。
すっかり忘れていた。ここの家の強引さを。
あらー!久しぶりね!から始まったと思えば、即手を掴まれ、花の様子見てきてくれる?とかなんとか疑問符の意味をなさない笑顔で中へ通された。

そして今だ。

一応ノックをして部屋に足を踏み入れる。入った途端ふわりと懐かしい匂いがした。
それこそ中学二年くらいまでよく来ていた部屋。花に学校の勉強を教わる代わりに俺はバレーのポジションやルールを教えた。『飛雄!この場合はどうなるの!』『なんで今点入ったの?』『飛雄のトスはすごいってみんな言ってるよ!』今でも興味深そうに聞いてくる花の声は記憶に残っている。
でも懐かしさを感じたのも一瞬。見慣れていたはずの内装はがらりと変わり、何年か前と比べれば随分すっきりしたように思う。何がと言われれば答えられないが、きっとこういう部屋を女らしい部屋というのだろう。
その中で唯一変わっていないベッドに花は寝ていた。布団を首もとまで被り規則正しい呼吸を繰り返す。


様子っつっても、寝てんじゃねえか…


部屋の主が寝ているのに長く居座るつもりはない。そもそも来る予定なんか小指の先ほどもなかったのだ。
報告は、寝てましたくらいでいいだろうとドアノブに手をかけたとき。

「…………とび、お…?」

その声にどきりと心臓が鳴った。


久しぶりに呼ばれた名前がやけに新鮮に聞こえて、俺はただ振り返ることしかできなかった。


動悸が治まらない。なんで、今になって。忘れた頃になって。慣れた頃になって。そう、呼ぶんだ。さっき消えた懐かしさがまるで風のように蘇る。


花は目を閉じたまま、そんなわけないか、と呟いて口元に自嘲気味に弧を描く。
そして、ぽつり。


「……飛雄だったら、よかったのに……」


そう言った。












懐かしさの代償
(ドアを閉めて深呼吸をした)
(距離を置いた幼馴染みがうわごとで再び自分の名前を呼んだときの対応を、俺は知らない)
(ただ、ひどく懐かしくて、ひどく心地よかった)