セッターは繊細でなければならない。繊細で正確でなければならない。だから、左右されるわけにはいかない。

「……へぇ。すっかり元通りだね王様」
「昨日ツッキー何言ったの?」
「べつに。…あのまま追放されればよかったのに。王様追放なんていい記事になりそうだよね」
「それはなるだろうねー」













あれからアイツには会っていない。学校に来れるようになったと風の噂で聞いたが、校内でも家の前でも一切見掛けなかった。タイミングがいいのか悪いのかわざとなのかそうでないのかもわからない。でもやっぱりどこかで安心していた。


あの時、吐き出した言葉はやけに響いた。今思えば一方的な八つ当たりだった気もする。けれど、押さえられなかった。逃げるアイツとたかが呼称に振り回される自分に腹が立って、ああ言った。
感情に動かされて出る言葉はどうしてこうも大きく残るのだろう。そしてこんなにも残るのはたぶん。辛辣な言葉を吐くより前に、俺が苗字を呼んだことに対して傷付いた顔をしたアイツがいたからだと思う。






「影山って不器用だよなー」
「…なんすかそれ」

ウォームアップでラリーをしていたとき、菅原さんが前触れもなくそう言った。

「隠し事が下手でプレーにそのまま出る」
「………」
「まあ要するに素直ってことだよ」

脈絡が一切なく誉められてるんだか貶されてるんだかわからないそれに首を傾げる。
菅原さんはかなり鋭い、と思う。思い返せば様々な場面でそう感じていた。周囲を見渡さなければならないポジションだからこそというのもあるかもしれないが、たぶんそれだけではないだろう。

「だからさ、影山」
「はい」
「溜め込んで見ないようにするのは止めた方がいいと思うよ俺は。影山らしくないからさ!」

そう満面の笑みを浮かべる菅原さんに驚きつつも平静を装ってこくりと頷いた。
何も知らないはずなのに的を得た発言。プレーは元通りになったはずなのに。見抜かれていた。
観察眼に長けた、尊敬すべき存在。
けれど、そう言われたからといって俺にはどうすることもできない。というよりどうしていいかわからない、の方が正しい。呼び出して発言を謝って、それから?今まで通り仲良くしましょう?
これだから人間関係は難しい。











「じゃーなー!影山ー!」

後ろから聞こえるその声に返答代わりに軽く手を挙げる。辺りはもう暗い。早く帰って、風呂に浸かりたいと家路を急ぐ。
この季節になっても今の時間は暗いんだと思った途端、道の電灯がついた。
その下に、見知った人影。
テニス部のジャージを着たそれは今一番会いたくないと思っていた人物だった。

「………おかえり」

電灯に寄りかかるようにして立っていたソイツは寒かったのか袖を伸ばし、俯きながらも俺に向き直った。

「言わなきゃいけないことがあって、待ってたの。えっと、時間、いい?」
「…ああ」

短く返事をする。聞かないという選択肢はなかった。発せられた声と、同時に俺を見上げる目が真っ直ぐだったからだ。ふとその目を伏せ、軽く深呼吸をすると彼女は口を開いた。

「…ちょうど1年前、一緒にいた友達に相談されたの。恋愛相談。最初何気なく聞いてたんだけど、途中からおかしいなって思い始めた。私と、か…げやまのことばっかり聞くから。つ、付き合ってるのかとかなんで名前で呼びあってるのかとか…もしかしたらって思ってたらやっぱり、その子は影山が好きだって言ったの。だから協力して、って。私、離れなきゃいけないって思った。協力しないと嫌われるって。だから……」

その後は言わなくてもわかる。だから、俺を苗字で呼んで避け始めた。

「…それでもいいって思ってた。私が離れることでその子との関係が保てるって。まさにその通りだった、と思う。…だけどね、飛雄を避けて苗字で呼んでたらすごく、寂しい気持ちになった。……でも、もう後戻りが出来なくて私にはそれを続けるって選択肢しかなかった。この間のは、沈ませてた私の気持ちだったんだと思う。」

そこで今日何度めかの深呼吸。

「私、飛雄に甘えた。幼馴染みっていうのに甘えて、逃げたの。飛雄に言われて初めて気付いた。わがままで甘えて逃げて、本当にごめんなさい」

そう言って頭を下げる#咲智#を見て、溜め息をついた。
今度はこっちの番だ。言われっぱなしで終わるか。

「……俺は、」

『溜め込んで見ないようにするのは止めた方がいいと思うよ俺は。影山らしくないからさ!』
菅原さんの言葉がよみがえる。いつの間にか顔を上げていた花と視線が合って、それに一瞬たじろぐも言葉を続けた。

「…俺は、やっぱり名前で呼んでほしいと思う。」

ああ、なんだこれ。
理由がはっきりして胸のつっかえがとれて、言いたいことはあるはずなのにもう精一杯だ。

「過去の話はいらないから、呼べよ名前」

それが引き金になったように、花の目から涙が落ちた。
ごめんなさいとありがとうを繰返しながら。












王様の命令
(くしゃくしゃな顔で笑う名前の頭を乱暴に撫でた)