練習終了後。ボトルを回収しているとどしりと背中にとてつもない重みを感じて私はため息をついた。


「…………リエーフ、」
「はい!花さん!」
「重い、んですけど…」


早く退いて、暑い。そう言うと彼はええーと文句を言いながら渋々私の背中から離れて片付けに向かっていった。
灰羽リエーフ。ロシアとのハーフの彼は、高校に入ってからバレーを始めた、所謂初心者である。音駒一を誇る身長なのは認めるが、それでもやっぱり初心者なのである。それなのに音駒のエースだとか俺が得点をいっぱい稼ぐんだだとかことあるごとに大口を叩くもんだからその度にクロに鼻で笑われている。
そんな彼はなぜか私によくなついていて、よくスキンシップをはかりにくるのだけれど、その体格を受け止める身にもなってほしいといつも思う。


「おー、またやってる」
「…クロ」
「お前ら仲いいよなー。いつから付き合ってんの」
「……はあ?」


言われた言葉が一瞬理解できなくて、結果、2拍くらい遅れた返事になった。


「付き合ってないし」
「…へー」
「疑うな」
「だって花言うほど嫌がってないじゃん」


まあ、嫌ではない。花さん花さんと後ろを着いてくる後輩はやっぱり可愛いと思ってしまう。それが女の子だったら尚なんだけど。


「……俺は、花さんと付き合いたいっす!」


どこから沸いて出た。突然の大声に振り返ればそこにはきらきらと目を輝かせたリエーフがいた。


「リエーフ、あんた片付けは」
「まだですけど、クロさんと花さんがいい話してたんでつい!」
「ついじゃねーよ。ほら、モップがけ」
「ううう…」


鶴の一声ならぬ、クロの一声でリエーフはまたとぼとぼとモップがけに向かっていった。


「花辛辣だな」
「なんで」
「付き合ってやればいいのに。アイツ本気っぽいし」


そうにやりと笑ったクロに私は眉を潜めた。
付き合うって私とリエーフが?いやいやいや。私にとってリエーフは可愛い後輩だし、例えるならば犬みたいな存在で、彼氏彼女のような関係になりたいだとかそんなことは一度も思ったことはない。向こうだってそうじゃないのか。飼い主、とまではいかないかもしれないけど(むしろそうだったら大問題だけど)、自分を気にかけてくれるいい先輩、じゃないのか。しかも本気ってなんだ。前々から思っていたけれど、我がバレーボール部主将はかなり意地が悪い。からかうのも大概にしろ。
未だにやにやを崩さないクロの脇腹にパンチを入れ、私も自分の仕事をすべくその場を離れた。




時刻は午後9時。
リエーフやクロの邪魔が入ったせいで体育館を出るのがこの時間になってしまった。虎や犬岡くんが家まで送っていってくれると言ってくれたけど、そのときはまだやることが残っていたし、待っていてもらうのは申し訳ないと断った。
さてと。鍵も閉めたし、日誌もつけたし、さあ帰ろう。
そう思って校門の方へ歩きだし…「#名前#さん!!」


な、なんだなんだ。誰もいないもんだと思っていたから急に聞こえた大声に私はびくりと肩を震わせた。


「………リエーフ」
「花さんお疲れ様です!#名前#さんまだやることがあるらしいって聞いたんで終わるまで待ってました!」


ああ、なるほど。リエーフがいたからあの二人は渋らず帰ったのか、と正義感の強い後輩たちの顔を思い浮かべる。


「俺に送らせてください」
「じゃあお言葉に甘えて。ありがとう」
「っは、はい!」


心底嬉しそうなリエーフを見てやはり犬みたいだなと口元を緩ませる。


「なんで笑ってんすか」
「いや、可愛い後輩だなあと」


こんな時間まで待っててくれるとは夢にも思わなかったし、私の身を案じてくれたのも嬉しい。リエーフに送ってもらえるんだったら暗がりでも怖くないねと笑って言えば、その直後私より数十センチも上から花さん、と声がした。


「ん?」
「……俺、可愛い後輩じゃ嫌なんです」


え、と声を漏らす暇なく掴まれる両肩。目の前、というか斜め上にはリエーフ特有の綺麗な目が真剣な色を灯して私を見ていた。クロややっくんの特訓を受けている時と同じ、目。それがなんで私に向けられているのかわからなくて瞬きを数回。


「ど、どうしたのいきなり」
「いきなりじゃないです、」


そんなに恋愛を経験してきたわけではないけれど、たぶん、可愛い後輩じゃ嫌だ、の先にある気持ちはそういうことだろうと、回転の少ない頭で思った。でなければ掴まれた肩も真剣な目も、いつものスキンシップだってきっとすべて否定してしまう。クロが言っていたことはこれだったのだとぼんやり思うと同時、この状況はどうしたものかとリエーフの目を見ながら思った。
私にとってリエーフは可愛い後輩であり、これからの音駒の戦力であり、要になってくれる選手だ。それ以下にもそれ以上にもなることはないと思っていたし、目の前の彼を見ても変わる予感はしない。


「リエーフ、」
「………」
「…私にとってリエーフは、その、「知ってます」


知ってますよ、ともう一度同じ言葉を呟いたリエーフはゆっくりと私の肩から手を離した。


「ていうか花さん俺のこと、男だって思ったことあります?」
「…………んー…まあ、男子バレー部にいるくらいだし…」
「その程度っすか…!」
「ごめん」
「謝られると逆に心にきます…」
「じゃあ私にどうしろと…!」


再び歩きだしていたリエーフの足が止まって、またあの目が私の方を向く。
少し苦手意識が芽生えてしまったそれに一瞬息を止めれば、彼は自信を顔に浮かべて口を開いた。


「俺、今はまだバレー下手っすけど近いうち音駒の中心になるんで、そしたらまた返事聞かせてください。#名前#さんその時は絶対俺から目、離せなくなってると思いますから」
「…………随分な自信だね」
「そりゃそうっすよ。これ決定事項なんで」


よし、明日から頑張るぞー!と声を張り上げたリエーフを一喝し、また随分と大口を叩いたものだと口元を緩めた。彼が音駒の中心になることは今のままでは到底無理だろう。だけど、彼の恐いところはその大口がただの大口で終わらないところだ。現実にするまでとことん努力をするのを私は知ってる。そんなリエーフにあそこまで言われたら、目を離すわけにはいかなくなるじゃないか。可愛い後輩が、一人のプレイヤーとして、男として、成長していく姿を最後まで見届けてやろうと私も小声でよし、と呟いた。




未来予報士が語る夢