※及川と義兄妹の話。


「…あれ花、まだ寝てなかったの」
「…そっちこそ。明日も朝練なんでしょ?岩泉くんに怒られるよ」
「はいはい」


なんの前触れもなく背後から声をかけられるというのは正直かなり驚く。それでもテレビから目を離さずそう言うと徹は二度返事をしながら私の隣に座った。同時にソファーが沈む音と震動を感じる。徹はそれからテーブルにあったリモコンで音量を三つほど上げた。
面白いんだか面白くないんだかわからないいわゆるB級映画。アメリカだかどこかの女優さんの声が大きくなる。万が一でもお母さんとお父さんを起こさないようにと電気を消して、なるべく小さな音で見ていたのに。


「……起こしちゃうよ」
「平気平気」


何が平気なんだ。私が根拠のない自信と呼んでいる徹のそれはけれどなぜかその通りになることが多くて腹が立つ。昔から、私の知っている昔から徹にはこういうところがあるのだ。
私と徹が偽兄妹になったのは五年程前だった。お父さんがある日突然連れてきた知らない女の人。その隣に徹はいて、呆気にとられている私に堂々と、花ちゃん?よろしくねと笑ってみせた。中学生ともなると離婚やらバツイチやらという言葉の意味もわかる年頃で、ああお父さんとこの人は結婚するのかと初対面のときから思っていた気がする。そして目の前でにこにこしている同世代くらいの男の子と兄弟になるんだということも。その男の子の名前が徹で、私より一つ年上だと知ったのはまさにその日で、その時から徹は私の兄になった。
「初めて会ったときから仲良くなれるって思ってたよ」と言われたのはその一年くらい後だったと思う。べったりということはなかったけれど、徹と兄妹なんだと実感するくらい私たちは仲がよかった。些細なことで喧嘩もしたし、それがいつの間にか元通りになっているという経験もしたから本物の兄妹みたいだと思ったことは何度もあった。今思えばきっとあの時も徹の根拠のない自信があったのだと思う。


「面白いの、これ」
「知らない。私も初めて見るから」


ふーんと膝を抱えた徹は私の肩に頭を預けた。あんたは女子かと言いそうになるのを堪えてその重みに耐える。この状況、ファンの子なら卒倒するんだろうな。ちかりちかりとテレビの光りに照らされた徹の横顔に目を向ける。
徹の顔は整っている。いわゆるイケメンという類いに彼の位置はあって、さらにフェミニストだし、私は自分の兄ながらここまで出来た人を知らない。けれど徹にだって弱点はあって例えば意外に我が儘なところとかめんどくさがりなところとか、彼のそういう面を私はたくさん見てきた。それはきっとお父さんも知らない、徹をずっと育ててきたお母さんと数年前に妹になった私しか知らない、徹のだめな部分。


「カッコ悪いよね徹って」
「…あれ、心外。一応かっこいい徹くんで通ってるんだけど」
「カッコ悪いよ。そういうとこ嫌いじゃないけど」
「好きなんだ」
「まあね」
「そんなこと言ってダメ男に引っ掛かんないでよ?お兄ちゃんは心配です」


おちゃらけた声色で徹はそう言って笑う。
私が徹のことをお兄ちゃんと呼ばないのは、やっぱりどこかこの関係に偽りがあることを自分にわからせるためだ。そして。


「………徹、好きだよ。兄としてじゃなく、一人の異性として」


テレビの中で女の人が泣いている。映画はどうやらクライマックスらしい。


「俺も好きだよ。一人の異性として」


子どものときのそれのように恋愛ごっこをするためだ。
初めて口にした台詞はとても滑稽だった。その滑稽な台詞に徹がまた同じように返すから私は一瞬息ができなくなってしまった。


「ねえ、手、繋いでもいい?」


いつの間にか肩から温もりは消えていた。


「いいよ」
「ねえ、キスしていい?」
「いいよ」
「抱いたら怒る?」
「抱かれてみないとわからない」
「はは、なにそれ」


至極真面目な返答を笑われ、徹を睨む。私を映さないその目は未だ光っているテレビを捉えて、それから臥せられた。


「…花、家族になれてよかったね」
「うん」


徹の言葉に偽りはないし、私だって同じだ。お父さんの幸せな顔を見てると私も幸せになる。私たちは間違いなく良い家族で、それは一生変わらないと思う。
私の手が徹の骨ばっている手に包まれて強く握られた。生温いその温度はまるで私たちの恋人ごっこを表しているようだった。