コンクリート。
フェンス。
グラウンドから聞こえる生徒の声。
青空。
私の耳にはポータブルプレーヤーから音楽が流れ込んでいた。
昼休みなどは結構賑わう屋上も、授業中である今は寂しいくらいに無音だった。
サボりの理由などない。
そう言ったからといって、いつもサボっているわけではないし、サボりが得意なわけでもないのだけど。
今日はなんとなくそういう気分だったのだ。


しばらく目をつむって春風に当たっているとチャイムが鳴り響いた。
かなりの大きさで鳴ったそれは私の耳にもしっかりと届いた。
さすがに連続で授業を休むわけにはいかない。
私が渋々重い腰を上げた、そのときだった。

少し錆び付いた屋上のドアが開いた。
そこからひょこっと顔を覗かせたのは、


「…結人」
「やっぱここか。花のサボり魔ー」
「うるさい。いいの、たまになんだから。結人もサボりにきたの?」


私が嫌味たらしくそう問うと結人はそんなとこ、と少し笑ってから今度は少し顔を伏せぽつりぽつりと話しはじめた。


「…俺ずっと花に言わなきゃいけないことがあってさ。結構真剣なこと」
「…な、何」


小さい頃から結人の傍にいて誰よりも長く結人を見てきた私だけれど、こんな強い目を見たのはいつぶりだろう。
前に一回だけどうしてもとせがまれて行ったサッカーの試合以来だろうか。
何にしても結人がそんな表情を浮かべるのはすごくめずらしいことだった。
驚き、どもりながらも私はなんとか聞き返す。
いつもどんなことでも大低笑って話す結人が真剣な話だと言うのだから、聞き手である私も真剣に聞かなければならない。

私は若干緊張しながら結人の次の言葉を待った。




「俺、彼女できた」
「…へ?」
「だーかーら彼女だって」


さっきの強い目はもうそこには無かった。
そのかわり私の目の前にあったのは幸せそうな結人の顔。


…嘘でしょ?
冗談でしょ?
だってそんな話、しなかったじゃない。


「いやー、話そう話そうとは思ってたんだけどうまいタイミングが見つかんなくてさ。でもやっぱり花に報告しないわけにはいかないじゃん?」
「……」
「っておい!聞いてるかー?」
「…そうだよ!私心配してたんだからね。結人に一生彼女できなかったらどうしようって」
「さりげなくひでーな、それ。心配ご無用!ま、次は俺が心配する番だな」


そう言ってから結人はわざとらしく声を出して笑った。


「馬鹿結人。心配しなくても大丈夫。すぐにかっこいい彼氏見つけるから」
「お。随分な自信」
「じゃあ私は教室戻るね。結人はサボるんでしょ?じゃあね」


私はそう言って結人に背を向け手をひらひらと振ってから足早に屋上を出た。





馬鹿。
心配なんて大きなお世話だ。
私だってすぐに…

違う。
馬鹿なのは結人じゃなくて私だ。
私は大馬鹿だ。

物心ついたときから結人は隣にいた。
いつも一緒で、近所の人からは「仲がいいわね」って言われて、2人で否定して。
笑った顔も怒った顔も照れた顔も悔しい顔も誰よりも見てきた。
生み出された安心感を持っているのは私だけじゃないって、そうどこかで思っていた。
なのに。



下へと続く階段を降りながら私は歌を小さく口ずさんだ。

それは、








失恋ソング
(今頃気付くなんて) (ずっと近くにいたのに)