「結人っていつもそうだよね、自分のことばっかり。少しは私のことも考えてよ!」
「そんなんしょーがねぇだろ!?俺だって予定あるんだから!」
「もういいよ!結人なんて知らない!」
「あっそ!じゃーな!」




バタンッ




…またやっちまった








事の始まりはなんだったか。
喧嘩もあそこまでヒートアップしてしまうと何が最初だかわからなくなってしまう
(俺の忘れっぽさも多少あるだろうけれど)
確か今回はお互いの予定の食い違い。
今週の日曜日は久しぶりに休みがもらえたから、久しぶりに級友と会う約束をした。


それが原因。


休みがもらえた上に、昔のチームメイトと会えることに浮かれていた俺はなんの躊躇いもなくそのことを花に話した。
喜ばれるとまでは思っていなかったけれど、よかったねの一言ぐらいはもらえると思っていた。
…が、予想外も予想外。
普段とは違う声のトーンで、結人ってさ、と始まったかと思えばそれは段々とエスカレートし俺の悪口へと変わっていった。

今考えてみると虫の居所が悪かったのかもしれない(というかたぶんそうだ)
そしてそれプラス、最近忙しさの所為でデートができなかったことにますます腹をたてていた気がする。


二週間以上経った今もお互い連絡はしないまま。
俺だってこのままでいいなんて思ってはいないけれど。
それでも花のものの言い方や態度は気に入らない。
だからつい頭に血がのぼってしまうのだろう。



―引き下がって謝るか。
しかしそれも全面的にこっちが悪いと認めているようでなんとなく気が引ける。

―ならばもう少し待ってみるか。
けれど、結構頑固な花がそう簡単に謝るだろうか。


結局どっちつかずのまま俺は携帯電話の開閉を繰り返していた。
日付はもうすぐ変わろうとしている。





ふと、花の姿が脳裏に浮かんだ。
二重の大きな目、ウェーブのかかった髪、形のいい唇、すらっとした手足。
短所も確かにあるが、それに勝る長所をたくさん持っている彼女。
早く決着をつけなければ、どこぞの誰かに持っていかれてしまう気がする。
前にそんな話もちらっと聞いたことがある気もする。





ああ、もう仕方がない。






携帯のメモリから彼女の電話番号を引き出し通話ボタンを押した。
しばらく続く呼びだし音。
それが十回を過ぎたころ、もしもしという問い掛けが花の声で響いた。


「…俺だけど」
『…うん。何?』
「えーと、もう仕事終わった?」
『もうとっくに。今家』
「そっか。…あのさ、」
『何?』
「こないだは言いすぎた…ごめん」


心臓がばくばくと音をたてる。
謝るのにこれほどの緊張を要するのかと改めて思う。
俺の謝罪の言葉から数秒後、いつもより小さな声で返事がかえってきた。


『……私もちょっと機嫌悪かったから…ごめん』


花からのその言葉に心の内で安堵のため息をつく。
そしてすぐに次のセリフを声に出した。


「…これから家、飲みにこねぇ?」
『…行く』







ここで引き下がるのが本当の男らしさ

僕の思う勝利だ








『あ、ちょっと待って。今回は行ってもいいけど、次の休みは付き合ってもらうからね』
「…はい」






で、また僕は君の思い通りだ








飲みにこないか
(ああ、彼女には敵わない)