椎名くんは美形だ。
でもそれだけじゃなくて頭もいい上に、運動神経だって抜群。
間違いは臆することなく的確に指摘するし、みんなを引っ張るリーダー的資質もある。
そして何より、優しいんだ。
それは私が彼と隣同士だからこそわかるものなのかもしれない。
教科書を忘れたときだって、わからない問題に頭を悩ませてたときだって、きつい言葉は多少吐かれたもののそのまま放っておかれたことなんてなかった。










気付いたら、私は椎名くんが好きだった。











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「「椎名くーん!お誕生日おめでとー!」」


朝から教室は大賑わいだった。
クラスの子はもちろん、隣からも下の学年からもたくさんの女の子が押しかけて来るんだから、うるさくならないはずがない。
隣を横目で見ると、プレゼントや手紙の山。
それは私の机まではみ出てきていた。
でも肝心な本人の姿はなく、がっくりと肩を落とし文句を垂らして女の子たちは次々に帰っていく。
確か金曜日に、月曜が憂鬱だとか休みたいとか言っていた気がする。



授業が始まり、教科書を開いた私は小さくため息をついた。
ただ一言おめでとうが言いたかった。
ほかの子たちみたいにプレゼントや手紙なんて用意してないけど、誕生日を祝う台詞だけは言いたかった。


でもそんなの今更か。
私は授業に集中しようとシャーペンを握った。





―と、ガラガラ…と教室の後ろのドアが開いた。
そこから怠そうに入ってきたのは、


「…椎名くん…」
「うわ、鈴木マヌケ面」


椎名くんは私にそう軽口を叩くと先生に「遅れました」とそれだけ言って、何食わぬ顔で椅子に腰を下ろした。


「なんで…来ないって言ってなかったっけ?」
「はあ?誰がそんなこと言ったの。休みたいとは言ったけど休むとは言ってない。必要以上に休みたくないしね」
「そ、そうだよね」
「それに明日までこのままにしとくわけにはいかないだろ」


そう言って椎名くんは机の上のものをため息交じりに眺めた。
私は苦笑いを返して前に向き直る。






言わなくちゃ。
お誕生日おめでとうって言うんだ。





自然とシャーペンを握る手に力が入る。
汗がじわりと滲んだ。





「し、椎名くん」
「何?」
「今日お誕生日なんだね。おめでとう」
「は?」
「だから今日…」


そこまで言いかけて口を動かすのをやめた。
椎名くんの表情が私の予想していたものと違ったからだ。
数秒ほど沈黙が流れ、椎名くんはこれでもかというくらい大袈裟に息を吐いた。


「…鈴木。祝ってもらえるのはうれしいけど僕の誕生日は昨日」


早口で言われたそれに一気に私の顔は青ざめた。
昨日!?
日曜日!?


「嘘!」
「本人が言ってるんだから嘘なわけないだろ」


ということはなんですか。
私好きな人の誕生日間違えてた…?


「ご、ごめんなさい…」


かあっと顔に熱が集まる。
よりによって椎名くんの誕生日を間違えるなんて。


「本当ごめんなさい」


恥ずかしくて顔が上げられない。


「あのさ、鈴木」
「は、い」


呆れたような声色に心臓が跳ね上がる。
何かまた言われる…?


「僕がそんなにちっぽけな人間に見える?誕生日を間違えられたぐらいでいちいち怒るほど暇じゃないんだよね」
「…はい」
「だけど来年覚えてなかったら怒るから」


え、と思わず声を漏らして椎名くんを見た。
途端目が合って、にやりと笑われる。

高鳴る心臓とうまく動かない口に煩わしさを覚えた。




ああやっぱり私はあなたが好きです。









まだまだ枯れない恋の花