「なー、花ー」
「……」
「なーってば!」
「もー!何!」
「暇!」
「暇、って…私言ったよね?今日はレポートやるからって」
「だけどさ!」
彼氏が来てるんだからさあ、と後ろでぶすっとした声がした。
その単語にびくりと反応して思わず振り返れば、ローテーブルに頬をつけてにやりと私を見る結人と目があった。
「か、彼氏って!」
「だってそうだろ!俺たち、カレカノ、昨日から」
「っ!」
「違うの?」
まるでいたずらっ子のようににやりとした目にぐっとつまる。反則だ、そんな顔!
「ち!がくない、けど…」
「俺本当に嬉しかったんだからな!」
「…っ」
結人とは幼馴染みだった。普通は思春期に入るともなると、その関係は希薄になるらしいが、どうやら私たちは普通ではなかったらしい。朝は一緒に登校するのが日課。夕方、時間が合えば適当に遊んで帰る。夜は電話越しの雑談会。時折、お互いの部屋でゲームをしたり宿題をしたり。それが当たり前で日常で、そこに変化が起きるなんて思ってなかった。
けれど、そう思っていたのはどうやら私だけだったようで。
まさに昨日、曖昧すぎるその関係を恋愛として固めたいと………付き合いたいと言われたのだ。
何が恋で何が愛かなんて私には一生わかりそうにないけど、結人の隣の心地よさと安心感はなくしたくないもので、もっと言えば大切なもので、そう思えるということはつまり、私の中にもそういった感情があるのだと思う。
それに気付いたのも昨日、なのだ。
今まで芽が出ていることすら気付かなかったのに、いきなり木になっていることを当の本人から教えられた、といったところだろう。でも、だからこそ恥ずかしすぎるのだ。何も考えずにぼーっとしていた私の隣で結人がそんな気持ちでいたなんて。
「……結人はいつから私のこと好きなの」
「ぶっ!」
「ちょ、汚い!」
「げほっ…いきなりそういうこと聞くか!?」
「だって…!」
だって、私恋愛相談したりとか、ふざけて腕絡めたりとか、してたし……今思えばなんて浅はかなことをしたんだ私!ああ、でもあの頃の私に非はない、はずだと思いたい!
結人はさっき私が持ってきた氷入り麦茶を一気に飲みほして、また一つ咳ばらいをした。
「………気づいたら、好きだったよ。好きっつーか、ふとした時に浮かんでくんの花の顔が。ちょっと洒落たケーキ屋の前通り掛かると、こういうとこ好きそうだなとか、ホラー映画のCM見ると、これ誘ったら泣きそうな顔で断られるんだろうなとかさ。そういうの、これから先も考えたいって思ったんだよ。ずっと、花のこと考えられたらって。それって好きってことじゃないですか。」
ふい、と背けられた結人の耳が赤くてどうしたらいいかわからなくなる。あ、とかえーと、とか自分の口が自分のものじゃないみたいで益々混乱する。きっと私の耳も赤い。
「…なにその、顔」
「へ!?」
突然訪れた熱に目を伏せているといつの間にか結人が目の前に立っていて、そちらを向かずにいられなくなる。
「わ、私変な顔してないけど…!」
「…俺がね、」
パソコンデスクに手が置かれ、ぎしりと音がする。
身を引こうとするにも結人とデスクに挟まれてこれ以上動くことができない。
「花のこと好きだって気付いたのは、」
「…っ!ゆっ…」
ダメだダメだ。なにこれ。
私は、どうしたら、
段々近付く結人が怖くて、再び目をぎゅっと瞑ると、触れるだけのキスが降ってきた。
「こういうことしたいって思ったからだったりもするんだよな」
そう言って爽やかに笑う結人に、私はもう、
「……っバカ結人」
顔に熱を持って降参するしかなかった。
ハニーシロップ
(甘い日々を過ごしましょう)