「…あ、郭くんだ」
「あ、鈴木さん。久しぶり」


何年かぶりに会った彼は相変わらず美麗な容姿をしていた。
ただ少し変わったと思ったのは彼の顔。
綺麗なのは前からだったけれども、なんかこう、やんわりとしていて。
中学の頃の刺々しい感じは消えているようだった。


「郭くんは買い物?」
「まあそんなとこ」
「なんか珍しいかも。郭くんてあんまりこういうとこ来なそうだから」
「今日は特別。普段は滅多に来ないよ」
「そっか」


本当に何気ない会話。
でも中学時代私にはこれが難しかった。
話そうと思えば思うほど話題はでてこなくて、何度沈黙を味わっただろう。
郭くんといるとどきどきして胸が苦しくなった。
私は彼に恋をしていた。
けれどその想いは伝わることなく、卒業と同時に私の心の奥底に沈んでいった。
と言うよりは無理矢理押し込んだという方が適切なのかもしれない。
彼に好意を寄せている女子はそれこそ数えられないほどいたし、彼女達の告白が郭くんによってことごとく塵と化しているのも知っていた。

だから伝えなかった。
結果はもうすでに見えていたから。
私は自分自身から、郭くんから逃げたのだ。


「…鈴木さん雰囲気変わったね」
「そう?」
「うん。明るくなった」


そう言って彼は微妙に口の端を上げた。
そうか。私は明るくなったのか。
確かに中学のときの私は明るいとは言えなかったかもしれない。
とくに郭くんといるときは。
それでもきっと郭くんほどではない。
彼はずいぶんとやわらかくなった。


「あ、ごめんね。引き止めちゃって」
「大丈夫。俺も時間持て余してたとこだったし」


郭くんはそう言いながらちらっと後ろを向いた。
そこには可愛い一人の女性の姿。
シフォン素材のスカートがとても似合っている。


「えーと…彼女さん?」
「まあ、ね」


彼ははっきりとした肯定はしなかったけれど、見ているだけでわかってしまった。
ああ、本当に彼女のことが好きなんだ。


「早く行ってあげて。郭くんのこと待ってるよ?」
「うん。また」


郭くんはそう言うと彼女の方へと歩いていった。
彼女…か。
いつ出会って、どこでお互いを知って、どうやって付き合うことになったのだろう。
なんだかもやもやする。
きっと彼女より私の方が長く長く彼を見てきたはずなのに。
あのとき伝えていたら付き合えてた、なんて思わないけれど何かしら変わっていたのかな、なんて。
もっと早くさっぱりとしていたのかな、なんて。


あーあ、何を今更。







「…好きだったよ、郭くん」







ぽつりと呟いた言葉はざわついた雑音にかき消されていった。









あの日の恋、今日の恋