夕日が照り付ける教室で一人、窓の外に目をやる先輩を見つけた。
開きかけていた口をつぐみ、無意識に委員長から預かってきた資料をぐっと握る。
体半分を壁に預け、ただじっと薄暮の空に視線を向ける先輩は、思わず息をのむくらいに綺麗だった。
目が離せない。
そういえば昔見た一枚の絵画に似ている。
けして目立つような絵ではなかったけれど、私の脳はそれを記憶していたようだ。
夕焼けのオレンジに違和感なく溶け込む一人の青年。
今まで頭の隅に仕舞われていたその絵と目の前の光景が重なる。



絵は繊細だった。
絵は暖かかった。











そして、絵は儚かった。











「日生先輩」


小さく呟いた彼の名は静まり返った教室によく響いた。
意図して出したのではない。
考慮し、躊躇う時間さえも与えられなかった。
それは自然に、不意に、零れた。
弾かれたように顔を上げこちらを向く先輩と目が合う。
一瞬時が止まった。


「あれ、鈴木。どうした?」
「や…えっと、あの…」


視線を迷わせながら3枚のプリントを差し出す。
それが私の手から離れた瞬間、日生先輩が小さく声を漏らした。


「…間に合わないな」


その言葉に私は思わず日生先輩を見上げる。
間に合わない。
確かに彼はそう言った。
間に合わない、ってなんのこと?


「あ、やべ。もうこんな時間だ。鈴木は家どっち?」
「市民公園の方、です」
「じゃあ同じ方向だな。送ってく」


ちょっと待ってて、と残して先輩はぽつんと置かれた鞄を取りにまた教室へと入っていった。











「日生先輩」
「ん?」
「…消えないでください」


自分でも何故そんなことを言ったのかわからない。
でもさっき見たシーンが私にそう思わせたのだ。
先輩の双眸がどこか遠くを…ずっと先を見つめていて、ここにいないような気がして。
気付いたらそう口にしていた。
先輩は私の台詞に目を見開き、そしてすぐにそれを伏せ、笑った。


「せっかく今まで用意してきたのにな。本当ごめん」
「…否定しないんですね」
「これの2日前にはもうこの町にいない」
「当日までが仕事ですよ」
「確かに。途中放棄するようなもんだもんなー」
「…ずるい。ずるいよ、先輩」
「ごめん」
「意味ないんですよ。先輩がいなきゃ」
「うん。ごめんな」


先輩は理不尽な私の言葉にただ頷き、謝るだけだった。
一緒に笑って、大変だったね、お疲れ様って言い合えないと意味ないんだよ、先輩。
そして最後まで頑張った後じゃなきゃそれらは意味を持たないんだよ、先輩。
ぐっと唇を噛み締め、零れ落ちそうな涙を堪えている私の頭上で先輩の声がした。


「でも消えないから」
「…」
「ちゃんと仕事して、俺もこの企画に携わったんだーって証残す。んでもってここじゃないどっかで成功するの願ってるから」
「…はい」












「…先輩。私このイベントが終わったら伝えたいことがあるんです」
「俺に?」
「はい。当日私先輩の分まで頑張ります。絶対成功させて連絡します。そしたらその時聞いてくれますか?」
「もちろん」


日生先輩はそう言って笑った。



伝えたい。
素敵な絵を見たこと。
伝えたい。
太陽みたいな先輩の笑顔にいつも救われていたこと。











伝えたい。
あなたが好きだって。











儚い絵にはお別れを