ひょんなことから二階堂さんとバス移動が一緒になった。ぽちぽち続いていた会話もいつの間にか途切れて、ふと気付けば私の肩に頭を預けて眠る二階堂さん。今回初めて共演する相手に無防備すぎだろうと思ったけれど、気持ちよく寝ている彼を起こすわけにもいかず、そのまま私も目を閉じた。
二階堂大和という俳優のことは前々から知っていた。アイドルとして活動しているのに、その演技力は俳優人に囲まれても引けをとらない。すごいと思った。嫉妬するほどに。世界観をしっかり作ってきて、見る者を引き込む演技をする。
だからこそ、なのかは定かではないが、全く掴めない人だとも思った。アイドルとして映るとき、役として映るとき、俳優として映るとき、私にはすべて彼が演じているように見えたのだ。そういう人をたくさん見てきたから目は肥えていると思う。二階堂さんはその中でも"うまい"人だ。自然体を装うのが上手い人。そんな彼が会ってから間もない人間に肩を借りる?疲れているとはいえ、今私が思い描く二階堂さんならそんなことはないはず、なんだけど。
などと色々思考を巡らせていると私にも睡魔が襲ってきた。やばい、寝そう。そう思ったのが最後、意識は途切れた。
微睡みの中でエンジン音が微かに聞こえた。なんで、と疑問を覚えた瞬間はっとする。移動中だった!
「おはようございます」
隣から聞こえた笑みを含む声に再びはっとする。
「お、はようございます。すみません肩お借りしてたみたいで」
「いや、役得でしたよ」
「…はあ、」
「それに普段ポーカーフェイスの鈴木さんの寝顔が見られるなんて貴重でした」
さらりと言いはなった二階堂さんにどきりとする。いやいや、しっかりしろ私。ほだされるな私。
「…なら私も役得ですね」
「え、」
「今をときめくアイドルで演技力抜群の二階堂さんに肩を貸したなんて」
自慢ですよと続ける。まあ、こんなこと他には絶対言えないけど。
すると二階堂さんは一瞬目を見開いて、それから気まずそうに少し下を向いて笑った。
「…あー、すんません。どうも最近眠くて」
ここで疲れてて、と言わない二階堂さんはさすがだと思った。仕事をもらえることが命に関わるこの世界で、生きていく術を持っている。だから少し心配になった。
「休んでください」
「は?」
「息抜きができる場所があるのかもしれませんが、私は二階堂さんが始終演じているようにしか見えないです。カメラに映っていないときでも。まあ、誰しも普段から多少そういう部分はあると思いますが…甘えられる場所は必要だと思いますよ」
顔を見て話すのは躊躇われて俯き気味にそう言うとくつくつと笑う声。
「な、にかおかしなこと言いましたか」
「いや、落ちそうだなと思って」
「はい?」
「俺の周りにも鋭い奴はいるけど、俺のことに対してはあんま言われたことないんで」
「そうですか。そこまで親しくないのに図々しかったですねすみません」
何やってんだ私は。業界にいる年数はたぶん私の方が上だとしても年上の人(しかも会って数ヵ月)にべらべらと…
「鈴木さんもそうですよね」
「え?」
「俺も人観察すんの得意なんで、鈴木さんも演じてんじゃないかなーって思ってました」
「……さっきも言いましたが誰にだってありますよ、少なからず」
小さい頃からここにいると順応性が高くなる。自然に身に付くといった方が正しいかもしれない。だから素を出すことが少し怖かった。でもそれについて誰も触れなかったし、そうしたらいつの間にか私のキャラが定着した。ポーカーフェイスでクールなキャラ。
二階堂さんは私が放った言葉にまあ、そうですねと相槌を打って更に続けた。
「でも鈴木さんてまだ高校生ですよね。一人で立ってるのすげー尊敬しますけど、鈴木こそもっと甘えたらいいのにって俺は思いますけどね」
あ、やばい。のまれそう。私が見てきた役の外で演じる二階堂大和とは違う表情。色気と優しさと怖さが一緒になった顔。
心臓の音が次第に大きくなる。
「…大人の余裕ですか」
「まあ、鈴木よりはね」
「でも負けず嫌い」
二階堂さんは私の言葉に声を出して笑った。
「それはお互い様。だから、鈴木もお兄さんに甘えていいよ」
「な、」
「代わりに俺も甘えさせてもらおうかなー」
「な、なにいってるんですか!しかも敬語…!」
「いや、なんか鈴木さん思ったより話しやすかったからいいかなって思って。そういうとこ出せばいいのに。等身大でもっと人気上がると思いますよ」
「………出せませんよ簡単には」
「じゃあ今んとこは俺らだけの秘密、ですね」
ああ、そういうことを軽々と…
二階堂さんの言葉に思わず顔を赤くした私を見て二階堂さんは意地悪く笑んだ。
「…からかってますよね」
「ツンとしてる若手女優が可愛くてつい」
「…私も、二階堂さんのそのままを知れてよかったです。知ってる人あんまりいなさそうだから。私だけが知ってる二階堂さん、ですね」
台詞のようにそう言えば二階堂さんはやっぱり愉快そうに笑って「この負けず嫌い」とそう言った。