「ね、ちょっと花!」
「ん?」
「あんた本当に七瀬くんと付き合ってるんだよね?」


いきなりどうした我が親友よ。紙パックに入ったウーロン茶を飲み干し、付き合ってるけど、と言えば途端盛大なため息が吐かれた。自分で聞いたくせに答えた途端ため息とはあまりいい気分がしない。千里はちらりと窓際で外を眺める遥を見ると、私に詰め寄らんばかりに顔を寄せてきた。そして人差し指を立てる。


「だってあんたたちが恋人ぽいことしてるの見たことない」
「…一緒にお昼食べるよたまに」
「橘くんとか1年生の子も一緒に、でしょ」
「ミーティングも兼ねてるからね」
「あと七瀬くんて水にしか興味ないって聞いた」
「その言い方はさすがに誤解を生みそうだね…」
「花はそれでいいわけ?水に負けてるんだよ?人じゃなくて液体にだよ?」
「いいもなにも」


そこで言葉を止めれば、花がそんな物好きだとは知らなかったわと乗り出していた身を自分の椅子に戻してくれた。
遙との関係が他の恋人たちとずれているであろうことは知っている。けれど、それが私たちであり、その関係に満足しているのだから別にいいではないか。


「そもそもなんで付き合うことになったの?」
「あれ、言わなかったっけ」
「聞いてない。話せ」


なぜ命令形なんだ。自分のことを話すのはあまり得意ではないがまあ仕方がない。
私が遙と付き合うようになったいわゆるきっかけと呼ばれるものは特にない。幼馴染みで親同士も仲がよくて、始終一緒にいるような関係でだから自然とそうなったとしか言いようがない。ああでも確か。




「みんな恋だの愛だの大変だよねー」
「……またか」
「そういう時期なんだろうけどね。もう訊かれ飽きたよ。『花ちゃんて七瀬くんと付き合ってるんでしょ?』」
「『鈴木との話聞かせてくれ』」
「…私思ったんだけど、付き合ってないって言うから嘘だって言われてまた否定しなきゃいけないんだよね?」
「それに真琴にしわ寄せがいく」
「もうこの際付き合う?」
「…………」
「遙?」
「…2番になると思う」


急に出てきた順位に首を傾げる。いくら頭の悪い私でも今まで順位が出てくるような話はしていないことくらいは記憶している。縁側から庭を映していた遙が私に向き直り、その目に瞬きを繰り返す間抜けな自分が映された。遙は昔から何を考えているのか読めない。ただ、水を見るときだけはやたら目が輝いていて、いつもそれくらいに表情を出せばいいのにと毎回思う。今だってそうだ。ほんの少しでも感情の糸口を顔や仕草に出してくれればいいものを、黙ってただ私を見ているのだからそこから何かを汲み取れというのは無理難題である。


「2番て何が?」
「もし俺と付き合っても、#名前#は2番だ」
「…もしかして優先順位が、ってこと?」
「ああ」
「っはは、なにそれ、おかし…っ」


そんなの言われずとも知っている。彼の一番は常に水で水泳で、いつか本当にイルカにでもなってしまうのではないかと思うくらい水のことになると見境ない。昔から遙に付き添ってきた私が遙の一番を知らないはずがないのに、律儀にそう言ってくれる遙がおかしくて笑いが止まらなかった。


「いいよ、2番で。私は昔から水が一番好きな遙が好き。それ以外を最優先するのは遥じゃないし、1番を水以外にしたら私が許さない」
「変わり者だな」
「遙に言われるなんて心外」


珍しく口元を緩めた遙に憎まれ口を叩けば隣にあった彼の手が私の手に重なった。
もう2年ほど前の話であやふやだが正式に関係性が変わったのは確かそんな出来事があった日ではなかったかと思う。頭をフル回転させて思い出しながらぽつりぽつりではあるが話し終えて千里を見る。


「こんな感じ?」
「………本当変わってるわね」
「はは、」
「けど、花から告白したってことはそういう気があったってことよね」
「……は?」
「いやいやだってそうでしょ。周りに訊かれるのが面倒だから付き合う提案をした、みたいな話ぶりだったけど、#名前#にそういう気持ちがなかったらあの言葉は出てこないよね」
「だっ、そ、れは…!」
「案外期を狙ってたんじゃないのー?」
「ちがっ…!千里!!」
「はいはい。ちょっとからかっただけでしょ。それにそんな顔で凄んでも怖くないから」


千里に指摘され、思わず顔に手を当てる。熱いかはわからない。だって手も同じくらい熱い。
にたりと笑う千里を睨めば、彼女は「たぶんあんた1.5番めくらいにはなれてるんじゃないの?」と言って教室を出ていった。な、にを言っているんだ千里は。


「花」
「っぎゃあああ」
「早く仕度しろ」


心臓がばくばくと音を立てる私の前に遙は鞄を掲げた。なんとかか細い声で返事をして教科書やらノートを詰める。途中遙を一瞥すれば彼の視線はプールがある方に向かっていてなんとなく安心してしまった。千里が変なことを言うから、今遥と目が合ったら体温が上がるのは目に見えている。


「遙先行っててよ。日誌出してから行く」
「だめだ」
「は?え、だって日誌…」
「部活終わったら付き合う。花がいないと意味ない」
「ちょっ…!」


私の返事も待たずに日誌を持った手を引く遙に文句は出せなかった。それもこれも千里がおかしなことを言うからだ。だから怒りも文句も制止も出ないんだ。引かれた手がまだ熱くて、それが伝わりやしないかと目の前の背中を見て思った。さて、どうしよう。私はどうやら遙の1.5番が、嬉しいらしい。






1.5番めの恋人