「え!怜、水泳部入ったの!」
「……なんですか、その驚き様は」
「だって岩鳶って水泳部なかったんじゃ…あーいやいやそれよりも!そっかあ…怜が水泳部かあ」
えへへ、と笑えばその気味悪い笑い方やめてくださいと言いながら怜は眼鏡を直した。
こんなに嬉しいことがあっていいのだろうか。あの、金づちで、でもそれを周りに知られるのを極端に嫌がっていた怜が水泳部だなんて。なにか彼に影響を与えるできごとがあったんだろうなと思うと同時、少し悔しくもなった。私がいくら水泳を持ち掛けても頑なに断ったくせに。私ではない誰かが怜を変えたのだ。心の中でその誰かさんに嫉妬する。
「花はどうなんですか、最近」
「どうって?」
「…話の流れを少しは汲んだらどうですか。水泳部、ですよ」
「あーうん。楽しいよ、すっごく!」
私と怜は学校が違う。元々岩鳶高校にする、という選択肢は私の中にはなかった。これまで好きで続けてきた水泳をやめたくなかったからだ。岩鳶高校にはそもそも水泳部自体なかったし、もし、万が一、できたとしても男子がメインになる可能性が高い。とすれば他に行くしかないだろう。とはいえ女子の水泳部がある高校となると限られていて、狙っていたいわゆる強豪校には入れなかったものの、私同様の水泳好きに囲まれて楽しくやっている。
「って、私のことはいいんだよ!怜の話もっと聞きたい!怜は何泳ぐの?」
「…バタフライです」
「バッタかあ…いいよね、バッタ…迫力あるし、綺麗だし…今度見に行きたい!」
「やめてください。それにまだ始めたばかりですよ」
「怜なら大丈夫だよ、すぐにうまくなる」
「またその根拠のない自信…」
「根拠ならあるよ!怜は飲み込み早いもん」
ね?と笑うと怜は詰まったように咳払いを一つ。昔からやることすべてそつなくこなしてきた怜だから水泳だって絶対例外にはならない。そのそつなさの裏側に目一杯の努力があるのも私は知ってる。だから怜が欲する根拠ならいくらでも私が持ってる。それに、怜は水泳を綺麗ではないと言っていたけれど、怜が泳ぐならきっと。
「怜の泳ぎは綺麗なんだろうなあ。あと、絶対かっこいい!」
「……花はすぐそういうことを…」
「だって本当にそう思うから。水泳が綺麗だって怜自身が証明すればいいよ」
「…水泳が、美しくないと言ったのは訂正します」
「え?」
「それを覆す人に会ったから」
そう言う怜の顔はどこか嬉しそうで、なんとなく誰かさんと同じ人なんだろうなと思った。そっか、怜に水泳の良さが伝わったみたいでよかった。そう言うと、彼は眼鏡を再び直した。
「美しくない、と思ってたのはその人に覆されましたが、水泳が楽しそうだというのは昔から思ってましたよ。……花がいつもそうやって泳ぐから」
私?確かに私は小さい頃から泳いでいたけれど、怜が見にきてくれたという記憶はない。練習も、大会だって。驚きで怜を見上げ、瞬きを繰り返すと彼は気まずそうに目を逸らした。
「…怜、スクールきてくれたことあるの?」
「……………まあ」
さっきは驚きばかりだった気持ちに嬉しさが割って入る。怜が水泳を始めたのが最近で、そこに引き込んだのが私じゃない誰かだったとしても、水泳は楽しいんだっていう気持ちが怜の中に届いていたならそれでいい。それを言ってくれたのだってかなり嬉しい。好きな人が好きなものに近付いてくれることでさえも叫びたいくらい嬉しいのに。
「怜は私を喜ばせる天才だね。いやむしろ神様?」
「はあ?」
「怜が泳ぐところみたら私感動で泣いちゃうかも!」
「……そうですか」
「それに絶対惚れ直す」
「っな!」
今からすごく楽しみだなと言えば彼は呆れたように息をついた後、期待しててくださいと口角を上げた。
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