さざめく波。明るい太陽。
まだ本州は寒いと聞くけれど、沖縄はもう段々と日を伸ばし、気温も高くなっていた。3月になれば海にも入れるようになるだろう。だが、そうはいっても

「寒い!」
「なら来なきゃいいじゃねぇか」
「えーだって、」

わたしが言いかけて、止めると条介が不思議そうにこっちを向く。その視線に気づいて慌てて下を見た。

(だって、条介に渡したいものがあったから)

いつもなら軽々と吐ける一言を出すのを躊躇う。
バレンタインには女子から男子へチョコレートをあげる、なんて誰が広めたのだろう。最近は友チョコとか義理チョコが主流なのだから、そう言って渡せばいいのかもしれないが、条介にそれを言うのはなんとなく違う気がした。

だからといって渡せなくては意味がないのだけど。


「まあ、なんでもいいけどよ。長い時間潮風に当たってっと風邪引くぜ?」
「そういう条介の方がここにいる時間長いじゃない」
「俺はいーんだよ!家よりこっちの方が波のイメージがしやすいからな!あー早く波に乗りてぇ!あともう少しなんだけどなあ…あ、そしたらまた一緒に泳ごうな!」

そう言って眩しく笑う条介に思わず赤面する。そうだね、とそれを隠すように言って小さく息を吐いた。

こっちの気も知らずに呑気なものだと思う。呑気で楽天家で調子がよくて。
でもそれだけではなく、目標に向かい挑む姿も真剣な眼差しも力強く握られた手も全部条介の一部でわたしはそのすべてが好きだった。





「…条介」
「んー?」
「…条介はクッキーって好き?」


意を決してそう問う。
隣に座ってお互い何も言わないまま何分か過ぎた頃だった。もしかしてわたしが何か言おうとしているのを察して無言に付き合ってくれてたのかもしれない。彼は昔からそういう男だ。

「クッキー?好きでも嫌いでもねーけど…なんで?」
「…こ、これ作ってきたの!食べて!」

条介の見えない優しさに気づいたからには言うしかなかった。もうどうにでもなれとぐいっとクッキーの入った袋を差し出す。

たぶんわたしの顔真っ赤なんだろうな。おまえがクッキー?なんて笑われるかな。わたし条介にこんな女らしいとこ見せたことないしな。

沈黙数秒。
ぎゅっと瞑っていた目を恐る恐る開けると、そこには瞬きを繰り返す条介がいた。
え、え、それはどういう反応。


「条介?」
「あ!、悪い悪い。なんかびっくりしちまってよ!これもらっていいのか?」
「うん…」


がさごそとその場で包装紙を開け、クッキーを取り出す条介を見守る。お世辞にも綺麗な形とは言えないそれを条介は口に放り込んだ。


「うまい!花意外と器用なんだな!」
「意外とって…」
「けど、ほんとうまい!ありがとな!」


そう言って条介は乱暴にわたしの頭を撫でる。

ああ、どうしよう。好きだ。

次から次へと湧いてくる気持ちに歯止めがきかなくてわたしは動かされるまま口を開いた。


「じょう………っむ、」


と同時わたしの口に押し込まれたのは、クッキーの欠片。うん、味は悪くない。
…じゃなくて。


「い、いきなり何すんの…!」
「何って…物欲しそうな顔してただろ?」
「そんな顔してないよ!」
「そうかー?…まあなんでもいいじゃねーか!うまかっただろ?」
「…うん。我ながら、よくできたなと思いました」
「なら、よし!…ん!」

勢いよく立ち上がった条介は豪快な笑顔とともにわたしに手を差し出す。わたしはそれをぽかんとしながら見つめた。

「え?」
「久しぶりに手繋いで帰ろうぜ!」
「え、えー!」
「ほら、はやく!」

途端ぐっ、と握られた手を引っ張られてわたしは勢いのまま立たされた。

「あ、やっぱ花手冷てー!」
「そ、そうかな…条介の手はあったかいんだね!」
「まあな!なんたってオレは海の男だからな!」
「なにそれ。わけわかんないよ」

繋いだ手からじんわりと条介の温度を感じる。久しぶりに握った条介の手はもう随分と大きくなっていて、意識を反らそうとするもののとくとくと心臓が鳴るのを押さえられない。でもそれがすごく、すごく心地よく感じたんだ。








愛しい心音
(この音が聴こえますか)