この歳になると善悪の違いとか自分の立ち位置とか役目とかそういうのが段々と見えてきて、それを頭にインプットしたり沿って行動する度に社会に飲み込まれる感じがする。他人と同じことをして評価されて分けられる。人生においてしかたがないことだとは思うし従わなければ反れていくことも理解している。

だからこそ今はがむしゃらに走っていたいし、無我夢中で球を追いかけたいと思う。許されている、まだ。足掻くことが。そして本能のまま自己中心的に動くことが。











「……えっと、阿部くん?」


辺りはすでに暗かった。夏も終わり段々と日が短くなっている。もうすぐ涼しい秋がきてそれに慣れた頃今度は寒い冬がやってくる。
ほかの連中は帰路につき、この場にはもうオレたちしかいなかった。

まさに今起こした出来事だった。ベンチからファイルとタオルを持ち、帰ろうとする鈴木を無理矢理引っ張り、細い手首を壁に縫い付けるように押し付けた。足下にはさっき落ちたファイル等が散乱している。


こんなシチュエーションどう見たっておかしい。恋人同士でも滅多にないだろうな。


目の前に鈴木の顔がある。不思議そうにオレを見上げる目には疑いや困惑や恐怖などといったものは一切見えなくて、ああなんてやりづらい奴を好きになったのだろうと自嘲気味に笑った。


「阿部くん、どうしたの…?」


もう、帰ろう?と言う鈴木の手に少し力がこもる。
何がきっかけとかどこをとかそんなのは覚えていない。ただ、今あるのは腑抜けた感情と汚い欲だけ。


「知ってたか鈴木、」
「え?」
「オレがお前を好きなこと」


途端、大きくなった瞳が揺れた。
やっと今の状況がわかったか。
お前、今お前を好きな男に追い詰められてるんだよ。


「冗談、「じゃねェよ」
「だ、だって私…!」


その言葉を遮るように強引に唇を奪った。オレは次に続く言葉を知っている。





だって私泉と付き合ってる





知らないわけがない。嬉しそうに楽しそうに泉の隣にいる鈴木を見てきたのだから。その話をされてきたのだから。

唇が重なっている数秒間、鈴木が抵抗することはなかった。見れば瞳からこぼれ落ちるたくさんの雫。追い詰めたときから後悔はしないと決めたはずだったのに、ちくりと何かが刺さった。痛い。
それとともに掴んでいた手首を離した。相当の力を入れた手首は赤くなっていたが、それを気にする様子もなく#苗字#はただただ困惑した表情で泣いていた。


「…かえる、ね」


そのまま去ればいいのに律儀にそう言い、落ちた物を拾い上げると#苗字#は走っていった。



ぽつり、残されたオレは静かに目を閉じた。脳裏に焼き付く青ざめたアイツの顔。
つくづく優しい奴だ。優しくて甘くて愚かだと思う。




でも、だからこそオレはアイツを好きになったし、欲に任せて動いたし、傷付けた。
そして、だからこそアイツはオレや泉に会う度に今日のことを思い出してそれに囚われるのだろう。












頑丈な鳥籠