ミルクと銃口

 次の日、伴音は朝7時に起きて制服を纏い、スクールバッグに筆記用具とジャージ柳先輩のノート、お弁当を詰めて八時少し前に家を出た。学校に到着したのは八時丁度で、練習試合の開始時間まであと一時間。その間に色々しなくてはならない。初めに着替えだけトイレで済ませてテニスコートに行くと、そこには既に男性の姿があった。ぱっと見コーチか監督に見えるが、ユニフォームを着ている辺り生徒なのだろう。高校生には見えないなぁ、と思いながら伴音は頬を引くつかせ、彼に近づく。

「おはようございまぁす」
「む、おはよう。随分早いな」
「これに結構やる事書いてあったんで、早めに来た方が良いと思って。とりあえず一時間前に」
「それは…柳のノートか。柳の知り合いか?」
「いいえ?切原に昨日雑用やってくれってお願いされた(押しつけられた)んで」
「へえ、赤也にねぇ…」
「わっおはようございます。ってか先輩方聞いてないんですか?」
「おはよう。それが初耳でね…全く赤也は…。マネージャー業務を請け負ってくれるのは凄く助かるんだけど、その様子だとウチの後輩が迷惑をかけたみたいだね。すまないね、でも、今日はよろしく頼むよ」


 古風で堅苦しい雰囲気のある人は真田先輩だろう。遅刻したりすると鉄拳制裁が下るらしく、それがとても痛いらしく切原がぼやいていた。彼と話しているうちに背後からやって来たのは波打つ髪の毛をヘアバンドでとめた、真田先輩と比べると小さくて華奢な印象のある青年だった。笑みを讃えていて優しげな雰囲気だ。それでいてどこか風格を感じさせるから、きっと幸村部長だろう。
 幸村先輩は篠原に申し訳無さそうにするが、視線を外してフフ、と笑う。きっと切原が来たらどういうことだと問いつめるのだろう。彼は真田先輩と違って篠原が押し付けられたことに気付いているようだし。

「1年D組の篠原です。テニスのことは全くわかりませんが今日はよろしくお願いします」
「真田弦一郎だ。こちらこそよろしく頼む」
「俺は幸村精市。部室に案内するからおいで」

 伴音は幸村について部室に向かうと、そこは男の部室らしく少し埃っぽく汗臭い。部員数も相当なので、部室も広いが物が多い分手狭に感じる。奥に縦長のロッカーがずらっと並んでいて、きっとあそこで着替えたり何なりしているのだろう。手前にはボールの入ったカゴとスーパーなんかであるカート、ラケットの網(ガット)を貼る機械、ベンチと、(職員室で)今にも壊れそうなくらい使い古された机とキャスター椅子。
 顔には出さなかったが、内心うへぇ、と思っていると、幸村がくすっと笑った。

「男の部活の部室なんてこんなもんだよ」
「顔に出ちゃってましたか?」
「そんな事なかったけど。篠原さんは部活の経験無さそうだったからね。大体部室ってのはこんなもんなんだけど、驚いてるみたいだったから」
「まあ、切原みたいな奴がいたらこうなりそうですよね」

 そういうと幸村先輩はまた微笑して、女手があればましになるんだけどな。とこぼす。テニス部には受験を前にレギュラーになれない人たちがマネージャーになってサポートに回ったりするらしい。だから三年の引退までは一年が下っ端で雑用をやらされる。それでも練習はしっかりやらなくてはならないから、という悪循環らしい。
 なるほど、と伴音は理解を示しつつ幸村が必要な物の場所を教えたり、どうすれば良いのかをノートに沿いながら教えてくれた。最中、先輩たちがちょこちょこやって来て臨時マネの篠原を心底ありがたそうに見ていた。
 もうすぐ九時になる。会場の設営は終わっており、後はドリンクやタオルなどの準備だった。
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