マリンブルーに濡れる嘘
───どうしてどうしてどうして!!!
伴音は『チカラ』のある家に生まれた。おじいちゃんがそういう人で、それが母に遺伝して、年の離れた姉、伴音と受け継がれた。そして一人の例外なく呪術師集団 通称『ロッジ』の構成員だ。『チカラ』とは霊なる力 即ち『霊力』を指す。
その霊力だが、ヒト動植物に関わらず皆が秘めているものなのだ。ただ人間は文明を持っているので、いつしか廃れていき今では開花させるヒトはほとんどいない。
ただし、彼岸と縁を持ってしまったヒトは見えない鎖で結ばれて、霊力を引き出すことが出来る。
それと同時に此岸でない悪いモノたちとの関わりも生まれてしまう。最悪、命を落としてしまうことだってあるのだ。
だからこそ伴音は妬みなどの闇に飲まれた幸村を救ったあとに、これ以上縁をもってはいけないと関係を断ったのだ。
「ここは…?」
呆然とする立海テニス部の旧レギュラーメンバー。伴音は困惑すると同時に焦りを抱いていた。今日はロッジの要請で立海の裏を祓うはずだった。
学校というのはヒトが多い上に感情の押さえ方が未熟な者が多い。つまり、ヒトから生み出された怨霊や空想の悪霊が集まりやすい。それらが表に影響を及ぼさないようにするのもロッジの仕事だ。
「おい、月が赤いぞ…」
「それだけじゃない、ヒトの気配が全くない…」
肩に筋肉質でかたい腕が回されて、伴音は弾かれたようにその人を見た。怪しく反射する銀髪、恐ろしいほど澄んだ薄めの茶色の目。口元の黒子。仁王くん、紡ぎだされた言葉はか細かった。ぐっと肩が引き寄せられた。
「…大丈夫じゃ」
何が大丈夫なのだ。自分のせいで巻き込んでしまった。全然、大丈夫じゃない。ヒステリックな叫びを飲み込むように伴音は唇を噛み締めた。伴音はこれから起こるであろう事に恐怖して震えた。
できれば皆の前では力を使いたくないし、普通の女の子でいたい。本来、ロッジの人間ならば人命を最優先にするべきなのだろうが、伴音の願望がそうさせなかった。
なんて醜く弱いのだと、伴音は自嘲と懺悔の涙をひとつこぼした。
伴音が察知したのは良くない気配だった。彼らの背中を押して遠ざけようとする。赤也がなんとなく後ろを振り返ると、見えてしまったようだった。それにつられて、全員。
それぞれ驚き方は違えど、仰天して走り出した。うあああ、ぎゃあああ、阿鼻叫喚の背中に迫るのはケタケタと不快な笑い声。伴音はさほど運動神経が良い訳ではないので、ほとんど仁王に引っ張られている形だ。
何も居ない廊下に辿り着いて、走るのを止めて歩き出した。全員息を切らしているが、伴音はぜぇはぁと荒く、時折むせたように咳をしていた。背中をさすってくれる仁王に片手を上げて大丈夫とアビールする。
「…みんな、もう一度走るよ」
視界の端に何かをとらえた幸村が強ばった低い声で言った。運動部のバカみたいな体力勝負に付き合わすな、と思うくらいに伴音の膝は笑っていた。
それに気づいた体力自慢のジャッカルとさっきまでの名残で仁王が両手を握る。二人とも手がしっとりとしている。ダッと走り出す。気配をよく探れば相当ヤバいものがすぐ近くに居た。
「嘘でしょ…」
そのつぶやきは息切れに殺されて誰の耳にも届かなかった。あれほど強いものは伴音の手に負えない。対峙したことはあるが、必ず援護に誰かいた。一人では無謀すぎる。
伴音は逃げるが吉と決定づけた。ふっと気配が一瞬消える。もう一度探ろうとすると集中しすぎて、足がもつれてしまった。ぐんっと急に重くなったその反動でジャッカルと仁王が手を離す。両手を繋がれていた名残で伸びた手。そのまま受け身も取れずビダンと転んだ。
「篠原!!」
全員足を止めて少し遅れた場所で倒れる伴音を見て、その表情が凍り付いた。伴音も身体が起き上がろうとしたままの体勢で硬直した。
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