非計画的犯行

週に一度の、恋人とのお泊りの日。今日の宿泊所担当は久しぶりに我が家だった。ここのところ刀也の家に泊まらせてもらうことが多かったからなんとなく気持ちが浮ついて、つい新調してしまった小ぶりの家具やらルームウェア。それらを確認して見慣れた部屋のよそ行きの様相に気恥ずかしさを覚えながら、夕方のインターフォンを待ち望んでいた。
そんなこんなで迎えた17時。昨日から念入りに掃除をした部屋に彼を迎え入れた私はそれはもうほくほくとしていた。何しろ、好きな人が自分の家にいる光景はいつ見ても健康に良い。雨の日も風の日も共にしている茶色のカーテンを背景に佇む刀也を見てにやけていたら当人から気持ち悪がられた。だがしかしそんなものは痛くも痒くもないのである。私の上機嫌は微塵も損なわれないまま、一緒に夕ご飯を作って、動画配信サービスで気になっていた映画を並んで鑑賞して、それぞれお風呂も上がって、とあっという間に22時を迎えていた。時間の流れが速すぎて困るな、なんて幸せな悩みを抱えつつ、一足先にベッドの上でくつろいでいた刀也の視界に侵入する。ドライヤーの熱をまだ手放しきっていない髪の毛が肩を滑った。「剣持くん剣持くん」声をかければ、液晶画面に向けられていた翡翠の双眼が私を捉える。

「どうした突然。ほんと元気だな夜になっても」
「そりゃね、お泊り会ですからね。で、キミなにか気づくことないかい」
「気づくこと?」

果たしてこの男はマイキュートパジャマの変化に気づけるだろうか。以前はトレーナーにスウェットパンツという可愛さの欠片もない恰好だったけれど、先週少々奮発したのだ。手触りの良いグレーのワンピースは中々のお気に入りだった。刀也の家に泊まる際は彼の服を借りてしまうから、それなりのギャップを呼べるのではないかと期待したりもしていた。
当ててみよ、そして可愛いとはにかんでみよ。そんな思いを込めて、首を傾げた刀也へ服を見せつけるように両手を広げる。ワクワクとはやる気持ちを抱えて彼を見上げれば、「えぇ……?」刀也はわけが分からないような顔をして戸惑いの声を漏らしていた。そしてそののち、戸惑いを引きずりつつも私を抱きしめてくれるその男。
……もしかして、ハグを乞われたと勘違いしたのか。想定外の反応に顔へ熱が上った。

「そ……っ、そうじゃなくてですね!?服がね!?新しいんですよ」
「はッ……!?なら最初からそう言えバカ!紛らわしいわ!」

勢いづけて私を解放し、両腕分の距離を確保した刀也が仄かに赤らんだ顔でわめいている。恥ずかしいやらなにやらで私もたじたじになってしまった。「か、可愛さで彼女に勝ちにくるなよ……!」「してないわそんな勝負!」思い切りときめいてしまった心臓をおさえて悔しがる私をよそに「……で、服?」刀也は分かりやすく話題転換に挑んでいる。まだ少し動揺の余韻が残る瞳が私の方をじいと見つめた。

「スカートになった?」
「よ、よくわかったじゃん!それから?」
「……色が変わった?」
「まぁね!……で?」

肝心のご感想が頂けていませんが、と彼を見上げる。可愛いじゃん、とか似合ってるよ、とか。そういった温かな文句を期待してのことだった。だがしかし、恋人相手といえど簡単に甘やかしてくれないこの男は「寒そう」ムードもへったくれもない言葉を落とすのみ。

「機能面の感想は……!求めてない!」
「素足でしょ、それ。これからの季節風邪ひくよ」
「刀也がくるときしか着ないからいいの!」
「なにそれ」

からかうように笑った刀也が悪戯っぽく私を覗き込む。あれ私もしかして失言したか、と気づいてももう遅かった。「俺のために買ってくれたんだ」そのしたり顔にどうしようもなくなってしまって、視線を逸らす。けれど、現在地はふかふかとしたベッドの上。形勢不利だからといって逃げられるわけではない。
これ以上の不利に追い込まれてはたまらないので、刀也が何か言葉を重ねるよりも先に「アッ、ちなみに手触りは超良い」視線だけでなく話題も逸らした。ついでに刀也の右手を拾い上げる。袖の部分に触れさせながら同意を求めればつまらなさそうな顔で「まあまあ」と返された。でも少しの間手触りを楽しんでいたあたり結構お気に召したんだろうなと察する。無意識で生地を撫でる姿はなんとなく大きな子供のようで可愛らしかった。思わず溢れそうになった微笑ましさは気づかれると面倒なのでなんとか飲み込んで、空気を入れ替えるように咳ばらいを一つ。

「――それでだよ、剣持くん」
「なにまだなんかあんの?」
「そうだよ気づくことないかい!」
「……今度は身に着けてるもの?」
「いや!家具です」
「家具?」

その顔の色が呆れから戸惑いに変化した。それもそのはず、先ほどの問いはただただ刀也から甘い言葉を引き出すためだけのものだったけれど、こちらは単純な自慢の導入である。趣が異なるのだ。というわけで、特に焦らすこともせずベッドサイドテーブルの下を両手で示す。

「じゃじゃん!間接照明を!買いました!ヨッおしゃれ部屋!」

そう、何を隠そう私は一人暮らし二年目にして間接照明なんてものに手を出してみたのである。元々部屋を真っ暗にしてしまうと眠りにつけないタチだったため気になっていたのだ。こじんまりとそびえる球体は特価品ではあったけれど、値札を外してしまえば一丁前に可愛らしさを放ってくれていた。

「へ〜」
「反応うすっ。めちゃくちゃ可愛いんだよこれ」
「なんか……丸い」
「すごい表面的な情報だけを拾うじゃん」
「これ光るってこと?」
「そう〜!点けて寝よ〜!」
「楽しそうで何よりだよ」

あ〜なめてるけど暗くなってからが本領発揮だからね、と刀也へよく分からないマウントをとりつつ、間接照明の電源を入れて、部屋の電気を消してみる。ぼんやり輝く球体がなんだかおしゃれな感じだ、と満足感を抱えながらベッドに戻った。みたか、とばかりに隣で寝転がる彼へ視線をむければ、暖色の光にぼんやり照らされたその顔が飛び込んでくる。それが、いつもの豆電球に照らされる姿よりもなんだかこう、雰囲気のあるもののように見えて動揺した。薄闇の中で浮かび上がるお風呂上りの刀也からやけに色香が漂っているというか、翡翠色に暖色がのせられて、どうにも妖しさを孕んでいるように見えるというか、いやこれ、「……なんか……怪しい雰囲気……?」感じた違和感を言語化してみると同じことを思っていたらしい剣持が少し吹き出した。

「なに、パジャマといいコレといい、もしかして雰囲気づくりのために買った?」
「な、なわけ!」
「こんなに頑張られちゃったら応えないと男が廃るってもんだけど」

顔を赤くして否定すれば、彼の顔がすぐ目の前まで近づいた。笑いをこらえるように鼻先をくっつけて、まるで相談するように「……どうする?」先ほどまで隣同士寝転がっているだけだったはずが、気づけば腰に手が回されて引き寄せられる。悪戯っぽい笑みと共に足が絡められた。「確かに手触りいいな、コレ」今更な感想を述べる大きな手のひらが生地を確かめるという口実のもと私の体をなぞっている。完全に、そういう雰囲気のできあがり。

「……仕組んだ?」
「どうやって僕が仕組むんだよ」

刀也の呆れ声がやけに甘く響いた気がするのは気のせいだろうか。真偽を確認するため彼を見上げれば、こちらを面白がるような、それでいて求めるような色がのせられた瞳にいとも簡単に視線を絡めとられて、まばたき。主犯が誰かなんてどちらにもわからないまま、気づけば私もつい雰囲気にのまれてしまうまでそう時間はかからなかった。

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