合鍵とキーホルダー
少し歳下の、可愛い彼女ができた。酔っ払いに絡まれているところ助けたことをキッカケに、連絡先を交換し何度か会った後彼女から告白された。最初は押され気味だったこの関係も、いつしか俺の方が好きなんじゃないかと思うくらい莉子にハマっている。
コロコロと変わる表情も、花が咲いたように笑う顔も、怒った顔も泣きそうな顔も全部が愛しくて、同時に過去を黙っていることへの罪悪感が脳裏をチラついた。
「最近、雰囲気変わったなター坊」
「…そう?」
「彼女のおかげか?お熱いねぇ」
「…ちょっと、今は仕事に集中してよね」
揶揄うように笑う海藤さんに、目線を合わせず注意する。何となく、目を見たら図星だとバレてしまいそうで。まあ実際、張り込みという仕事中に変わりはないんだけど。思ったよりぶっきらぼうな言い方になって、海藤さんには多分俺の意図なんて筒抜けだ。その証拠に隣でくつくつと笑う声が聞こえる。
「あーあー。早く帰って俺ァ一人寂しくビールでも飲みたいぜ」
「そんなこと言って。どうせどっかの飲み屋でまた知らない人と仲良くなってお酒奢られるんでしょ」
「酒飲みに悪い奴ァいねぇからな」
「それはどうかな」
海藤さんの言葉に、思わず否定の言葉が口から滑り落ちる。片眉を上げ不服そうな顔を向ける海藤さんに、前方を指さした。それは丁度張り込み相手に動きが出たところで、機嫌よく居酒屋から出てくるのは、知人に金を借りては踏み倒している少しタチの悪い一般人だ。
これから後を追いかけて、お金を回収して。それで今日の仕事は終わり。スマホで時間を確認すれば、丁度夕飯時くらいか。莉子はもう、飯を食べただろうか。
「ほれ、行くぞ。ター坊」
「はいはい、と」
仕事が終わったら、莉子の家に行ってみようか。突然押しかけても嫌な顔せず出迎えてくれる顔を思い浮かべて、緩みそうになる口元を引き締めた。
* * *
「あれ」
いつもなら家にいてる時間なのに、ドアノブはガチっとハマって動かない。まだ帰ってないのか。連絡を入れようとスマホを取り出して、手を止める。友達と飲みに行ってるかもしれないし、連絡することで変に気を使わせるのも悪い。とりあえず、煙草を一本吸ってそれでも莉子が帰宅しなければ俺も帰ろう。そう思いポケットから煙草とライターを取り出す。それと同時に、軽やかな莉子の声が響いた。
「え、八神さん⁉︎」
「あ、おかえり」
「いつ来たの? 連絡くれたら良かったのに」
「いや、丁度今来たとこ。約束もしてなかったし居なければ帰ろうかと思って」
目をまん丸くさせて驚いた様子の莉子は小走りで俺の隣に来て、鞄から鍵を取り出す。やや不満そうに眉間に皺を寄せながら、ドアを開けて先に俺を室内へ押し込むように背中を押した。それから、ちょっと拗ねたような声が背中にかけられる。
「約束してないと、会っちゃダメなの?」
飛び出る可愛い発言に、思わずウッと言葉が詰まる。多分、無自覚なのだろうけど。莉子のその素直さが、平穏とは言い難かった青春時代を過ごした、いい歳した独身の男心を擽ってくるのだ。
「あー、もう」
こんな姿、絶対海藤さんには見られたくないよなあ。そんな事を思いながらくるりと反転して莉子を抱きしめて触れるだけのキスをした。
「はい、これ」
すっかり馴染みつつある莉子の部屋で、のんびりと寛いでいた時だった。部屋着に着替えた莉子が差し出してきたのは鍵だった。条件反射で受け取って、何だこれと首を傾げる。
「今日みたいな事があるならもっと早く渡せばよかった」
「え、もしかしてこれって…」
「ふふん。この家の合鍵です」
そう言って、可愛いドヤ顔で莉子が笑う。俺の手の中に収まるのは、小さな銀色の鍵。莉子は俺の隣に座り込むと、ひょいっと俺の手から鍵を取って何かを取り付け始めた。
「いつでも来ていいよ。あ、でも我が家は室内禁煙なので。それだけよろしくお願いします」
「それは、まあ家主に従うけど…。いいの? 俺が貰って」
「いいの。私が、八神さんに貰ってほしいの」
「…ありがとう」
「へへっ。はい」
何故か妙に照れくさくなって、ぐしゃりと莉子の頭を撫で回した。「わ、ちょっと!」と抗議の声を上げられたがろくな抵抗はされなかったから、多分莉子も同じようなむず痒い感情を抱いているのかもしれない。
「…失くさないでよね」
「失くさないよ。……って、なんだこれ」
再び手の中に戻ってきた鍵には、変な絵のキーホルダーが取り付けられていた。ものすごく見覚えのあるそれは、狐みたいな顔をした犬だ。まじまじとキーホルダーを眺める俺の横で、莉子もバックから自分の鍵を取り出した。その鍵には曰く、豚みたいな顔をした猫の絵が描かれたキーホルダーが取り付けられている。
「この前の落書き、なんか気に入っちゃったからキーホルダーにしてみたの」
「なんか、こんな風に加工されるとすげぇそれっぽい」
「味のある絵?」
「そう、それ」
折角だから机の上に並べて二つの鍵を写真に撮る。紙の上で下手くそな絵だったそれは、アクリルキーホルダーになるとまるで市販の製品のようで。今時はこんな簡単にオリジナル商品が作れるのだと感心する。
大事にしよう。鍵も、鍵を使う事を許された関係性も。莉子のことも。いつかきちんと、莉子にも自分の過去を言える日が来ればいい。そんなことを思いながら狐みたいな犬がぶら下がる鍵を、大切に財布の中へと仕舞った。