一話
ーこの国は怠惰だ。
誰も彼もが、いかれた思想を指摘しない。
ー誰かがいった。
我々は、ただの平和主義者だと
ー誰かはいった。
綺麗事ばかりのたまう嘘吐きどもめ。
過激な思想は捨てろ。
弱者は守るべきものである。
そんな優しすぎた考えが、
この国を腐らせた。
この物語は、人口約数千人ほどの島国にあるちっぽけな探偵事務所からはじまる。
「ぶえっくしょい!!!…っあー…」
青年のどこかおやじ臭いくしゃみとともに、棚に積もったほこりがふわりと舞う。
なぜこまめに掃除しないのかと苛立ちながら、掃除を続ける青年はソファからだらしなく伸びている足を埃が付着しているワイパーの柄で軽く小突く。
「あーもうっ!先生!!依頼人がくるっていうのにどうして片付けなかったんですか!!」
「掃除ねぇ……」
男は微塵も動く気がないらしく、ごろりと寝返りをうちながら、床にさもゴミかのように置かれていた新聞紙を手にとる。新聞の一面を飾るのはこの島国を牛耳る王族の……これまた退屈な文章だ。先生と呼ばれたこの男は眉間にしわを止せながら口を開く。
「ぼくはね。掃除なんてものが大嫌いだから、貴方を雇ったんだよ田くん」
「はぁ……高い時給なんかに飛びつくんじゃなかった。
探偵の助手なんていうものだからかっこいい感じかと思ったのになー」
気怠げに、そしてどこかおかしそうに笑う雇い主に田と呼ばれた青年はため息をひとつ。
確かに業務内容に清掃という類のものもあるが、この惨状をみれば、誰だって度が過ぎてやいないかと考えるものだ。棚にぎゅうぎゅうに押し込まれた本たちは引っ張り出すのも一苦労だし、机には山積みにされた本と飲み終えたコーヒー缶、部屋の床はインクでも零したのか点々と黒い液が付着していて……とてもじゃないが衛生的とは言えない光景だ。
「ここまでくると汚部屋を片付ける番組とかに出れるレベルだと思うんですけどね!」
「はははっ、そいつはいいね。
ただ生きているだけで、金ができるだなんて最高じゃないか」
ああ言えばこう言うを地で行く男に田は悔しいのか小さな唸り声をひとつ。傍からみていれば漫才のような二人組みだが、当の本人からすれば何ひとつ面白くないのである。
そして、そんな二人の日常的なやりとりを中断させたのは来客の知らせだった。
もっとも、家屋の劣化からか知らせにしては間抜けな音ではあったけれど。
「……いい加減チャイム変えたらどうですか」
「ああ、それは同感だ。
忘れないようにメモしておいてくれ」
机に放置されていた書類の束を、まとめてダンボールのなかにぶちこむとため息をひとつ。せめて動線だけでも確保しようと動いている田をよそに、男はソファからのそりと起き上がると、ジャケットについているであろう埃を払った。
「さぁて、小遣い稼ぎといこうじゃないか」