エメラルドに揺れる

荷物を持ったまま急いで部屋に迎い、扉をノックする。数秒後に開かれた隙間から左手を引かれ、吸い込まれるように部屋に入れば−−−秀一さんに抱きしめられた。

「−−−まったく、随分と無茶をする。流石の俺も肝が冷えたぞ。」

『ーーーうん、ごめんね。』



ゆっくりと腕を解かれれば、おもわずくしゃみをしてしまう。私の全身が濡れていることに気づいた秀一さんは、この部屋のバスタオルとバスローブを私に押し付けてバスルームに放り込んだ。



「−−−しっかり温まってから出てこい。風邪を引かれてはかなわん。」


扉越しに秀一さんの声が聞こえた。
何故かバスの中限定でゴホゴホしていた貴方にだけは言われたくないと思いながらも、右腕のハンカチと包帯を外していく。キッドのハンカチも赤黒く汚れてしまっていたため、これは買って返さないとな.....と頭の隅で思った。


「ーーーこの袋の中には替えの包帯は入っているのか?」

『うん、ガーゼも一緒に入ってる。』


「了解。準備しておこう。」

『あ、秀一さん。ハサミ持ってたりする?』

「ーーーナイフなら。」

日本だと銃刀法違反だよ、秀一さん。


『その袋の中にね、新しい下着が入ってるから.....タグを切ってて貰えると嬉しいなー....なんて。』

「...........お前は...........いや、良い。やっておく。」


『ありがとうございます。』


右腕を庇いながら、濡れて張り付いた服を苦労して脱げばーーーあとは下着だけだった。


『............。しゅういちさーん。』


「ーーー今度はなんだ。」

『ブラのホック、外して欲しいんだけど。』


バスタオルを身体に巻きつけて扉を開ければ、仁王立ちしている秀一さんと目があった。


「.......少しは恥じらいを持った方が良いと思うぞ。」


真顔でそう忠告してくる彼がとても面白くて、思わず吹き出してしまった。











『ーーーこれは?』


シャワー後、彼に右腕の処置をされながらもテーブルに置いてある白い箱を見遣る。手早く包帯を留め具で留めてくれた彼は、あぁと言って白い箱を手渡してくれた。


『ーーースマホって......え?』

「新しく契約しておいた。番号はそのままだ。」

『ーーー良いの?』

「無いと不便だからな。」


『ありがとう。』


秀一さんのは僅かに微笑んだあと、視線を鋭くした。


「ーーーところで小春。」

『.........何?』

「お前が助けたあの少女−−−」


哀ちゃんがどうかしたのだろうか。首を傾けて秀一さんに先を促した。暫く悩んだ様子だったが、彼は一度溜息をつくと首を横に振った。


「いや、何でもない。」

『.......そう。ところで、秀一さんってテレビやネットニュースとか.....よく見る人だっけ?』

「ーーーまぁ、それなりにだな。」

『今日のバスジャックについて、なんだけど....』


わたしが口籠もるのをみて察してくれたらしい。


「君が未成年であることを考慮したのだろう。年齢とバイオリン奏者...としか報道されていなかった。」

『ーーーある程度は特定されそうだけどね。名前が出てないだけまだマシかな。』


「そうだな。」

『ーーーところで秀一さん。ちなみにこのスマホ、何か変な機能とか、つけてたりしないよね?』


秀一さんは一度目を見開いてから、片側の口端だけを器用にあげてみせた。彼を知らない人からすれば、これ以上ない悪人顔で震え上がっていることだろう。


「ーーーほう。今回は鋭いな。実はそのスマホには発信器と盗聴器を内蔵したアプリが入っている。」

『え、ウソ。』

「ーーーと言ったら、どうする?」


どうするもこうするも通報ものだ。そう言えば、秀一さんは両手をホールドアップさせて降参の意を示してきた。


「ーーー冗談だよ。今、日本警察に捕まってしまったら、折角の"バカンス"が楽しめなくなるんでね。今回は遠慮しておこう。」

『ーーー賢明なご判断だと思います。』


私は半目で頷いた。


「ーーーそういえば君のその右腕の怪我だが....」

『ーーー?』

「一ヶ所だけ傷口が妙に新しい.....そうは思わんか?」

『............。』


「ーーー小春」



鋭いのはどっちだ。彼のエメラルドの強い催促に、私は大きな溜息をついた。

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