動き出す予感
――――――…


『疲れた。マジで疲れた。
…スラグホーンの野郎。アイツ、マジ半端ねーわ。なにがスラグクラブだ。自己満も大概にしろっての。』


俺はブツブツ呟きながら赤色一色のソファーに座る。そう、ここはグリフィンドールの談話室だ。隣にいつもちょこんと座っているはずのヒカリは今はいない。ヒカリがトイレに行っている間にスラグホーンに見つかってしまったせいで、俺は今の今までスラグホーンのお茶会に誘われ続け(もちろん丁重にお断りして)、挙げ句スラグホーンの人脈の広さを延々と自慢されていた。


どうやらこの前の魔法薬の授業で俺とヒカリが完璧な薬を作ったことが評価されたらしく、解放される直前まで「アクタガワにもよろしく言っておいてくれるかな。」なんて言ってやがった。おそらく、スラグホーンは俺とヒカリを自分の自慢できる生徒としてコレクションにしたいんだろうな。


ハン、俺やヒカリがそんなもんに行くと思ってんのかよ。お茶会なんざ――――ん?お茶会?つーことは、アレか?つまらない自慢話云々はおいておいて、お茶会っていう位だし、ヒカリの大好きなお菓子が盛り沢山の会だよな。



『……。丁度ヒカリがいない時で良かったかもな。アイツなら、“僕も行く!”なんて言いかねねーし。』


俺はため息をつくと、辺りを見渡した。今日もいつものように本当はヒカリと悪戯に勤しんだり、課題をやったり……と優雅な?一日をすごすはずだったが、今はもう夕方だ。てっきりヒカリは部屋か談話室にいると思って真っ直ぐここへ帰ってきてはみたが、珍しくも俺の予想は外れたみたいだ。


夕食の時間に近いせいか、人の数はまばらでここは静かだった。


『……仕方ない。とりあえず大広間に行って―――』


ヒカリの分の飯でも取っておくか…と続けようとした途端、談話室の扉が開いた。



「やぁ、ツカサ。やっぱり君はここにいたんだね。」


『フランシス。』


ニコリと微笑みながら、フランシスは俺に近づいてきた。小脇には図書館にでも行ってきたのか、古臭くて分厚い本を抱えているのを見て、俺は首を少し傾けた。そう言えば、朝チラリと見てから今日一日コイツとは一度も会っていなかった気がする。


『…随分熱心だな。今まで、図書館にいたのか?』


「少し調べものをしたくてね。…って、それよりもツカサ、ドアの前でキースが君を待っていたよ。」


『俺を?ヒカリじゃなくて?』

「うん。君を、だよ。」


フランシスの言葉に俺の頭にはてなが数多く浮かんでは消えていく。

今日はまだ悪戯をしていないし、キースに説教される要素もないはずだ。……たぶん。
……。俺、何もアイツに悪いことしてないよな?


ため息をついた。
あまり良い予感がしない。
とりあえず、フランシスに礼を言うと俺は静かに談話室を出た。




――――――…


廊下に出ると、眉間にシワを寄せたキースが立っている。そして、驚くことにその腕にはヒカリが抱かれていて、俺は急いで駆け寄った。


「―――心配ない。ただ眠っているだけだ。」


俺の様子を見て察してくれたキースの静かな声に耳を澄まして聴いてみれば、穏やかな寝息が聞こえてくる。キースの言うとおり本当にただ寝ているだけだったようで、ホッとした俺はゆっくりと強張っていた肩の緊張を解した。



『…キース、悪い。ヒカリを連れてきてくれてサンキューな。』


「どういたしまして、だな。こんな寒空の中湖のほとりで昼寝なんて、暢気な奴もいるものだなと思って近づいてみれば……ハァ、オレも驚いた。」


『ハハ。いや、本当に助かった。コイツ、一旦寝はじめると中々起きないからさ。』


俺の言葉にキースは再び眉間にシワを寄せ、暫く沈黙したかと思いきや静かに口を開き始めた。



「…今から言う事、ヒカリが起きたら伝えてくれないか?」


『ん?…あ、あぁ。』


「昼寝をするなら、寝る場所は選んだ方が良い。」

『……。…だけか?』


「あぁ。十月の終わりともなれば、日中はよくても夕方は冷え込む。風邪を引きかねない。それに…」

『それに?』

「無防備に寝過ぎだ。」

『……。何かあったのか?』


思わずそう尋ねずにはいられなかった。俺の言葉を聞いたキースがもう一度口を開こうとした瞬間に即刻閉口するのを見て俺は首を傾ける。

「……。フランシス、堪え笑いはやめろ。」


キースのジットリとした視線を辿ってみると、その先には声を押し殺して笑っているフランシスが立っていた。
……一体いつから居たんだ?
フランシスはキースと俺の不審感バリバリの視線に気づいたのか、軽く姿勢を正して俺達に近寄ってくると微笑みを零した。


「ごめんごめん。キースの様子があまりにも新鮮で、ね。」


「盗み聞きとは良い趣味だな。」



キースに睨みつけられたフランシスは肩を竦めた後にキースに抱かれたヒカリの頭をそっと撫でた。



「……これからヒカリを寝室に運ぶのだろう?ツカサだけでは大変だろうし、僕が彼女を運ぶよ。良いかい?ツカサ。」


『まー…俺としちゃ有り難いけど……。』


キースはスリザリンだし、いくら生徒の数が疎らとはいえ、グリフィンドール寮に堂々と入れるわけがないだろうしな。



「OK。それじゃあキース、ヒカリを渡して?」


「………。」


「……キース?」



一向に動こうとしないキースに、フランシスと俺は首を傾けた。


「……オレがヒカリを連れていく。」



『「……。」』



そして、数秒の後に発せられたキースの不機嫌そうな声色の言葉に、俺とフランシスは一瞬声を発することを忘れていた。



「……キース。どうしたんだい?君らしくないね。」


『……もしかしてフランシスに嫉妬か?マジでキースらしくねーじゃん。』


「……違う。至ってオレはいつもどおりだ。」


俺の言葉にシレっと返された返事。ったく、どの口が言うのかとツッコミたくなった。


「でも、キース。君はスリザリンだ。グリフィンドール寮には入れない。そうだろ?」


「それは承知の上だ。……そもそも、スリザリンだから、グリフィンドールだから…純血だから、マグルだから、とか……そんな境界線なんて本当に必要なのか?元は一つだったはずだろ?くだらない枠に縛られ、互いに蹴落とし合う概念なら―――」


次々とキースの口からは言葉が溢れだし俺は呆然とそれを聞いていることしかできなかったのだが、それに歯止めをかけたのはやはりフランシスだった。




「ストップ。…君の言いたいことは分かるよ。けど、その話は後で…ヒカリが起きてしまうからね。……。ツカサ、悪いけどやっぱり君一人でヒカリをベッドまで連れていけるかい?少しキースと話しがあるんだ。」


フランシスの言葉に俺は即座に頷いた。元々そのつもりだったし、ヒカリとは長い付き合いだってこともあり、眠りこけたコイツを運ぶ作業には慣れっこだった。


キースとフランシスに手伝ってもらってヒカリを背負うとゆっくりとグリフィンドールの入り口を潜り、扉を閉める―――その時だった。




「……キース、例の本を見つけたよ。」


「……!それは本当か?」


「あぁ、まだ情報が足りないけどね。とりあえず、今夜にでも例の場所に行ってみようと思う。」


「森か…じゃあ―――」







扉が完全に閉められ、廊下の音が全く聞こえなくなる。
暫く立ち止まって、先程聞いた内容を脳内で反芻しながら意味を考えた。


キースとフランシス。俺達と行動を共にしてから約一月は経つ。
それなりに信用されているという自信もあったし、仲間として見てもらっているという感触も確かにあった。

けれど、先程の潜められた会話。
所謂、俺達には話してもらえない内緒話。
例の本とは、フランシスが持っていた本のことだろうか?



『今夜…森に、ね。』


面白そうな匂いがプンプンする。俺達に隠しごととはいただけねーよな。
俺はニヤリと笑った。
早い段階で、これは後をつけるしかないという結論に達すれば、お腹がぐるると呻く。
そーいや、夕食はまだだった。



ようやく寝室にむけて歩き出しながら思う。



寝室に着いたら、まずはコイツを起こそう。
それで、さっきの話をしてやるんだ。
きっとヒカリは目をキラキラさせて食いつくはず。
その後は厨房に夕食をくすねに行って…それを食べながら今夜の作戦会議でも開こうじゃないか。




『よし、即席ながら中々なスケジュールじゃん。上出来上出来。』




さぁ、冒険の始まりだ。

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