悪戯完了!
九月一日
キングズクロス駅
辺りがざわざわとこみあっている。
猫やフクロウ、鼠などの鳴き声や羽音と人々のお互いに別れを述べる声か混ざり合って酷く騒がしい。
トンガリ帽子を被った男女が小太りの男の子にキスを送っていた。その瞬間その子は恥ずかしくなったのかわたわたと慌てはじめて、顔を赤くさせていた。
『ツカサちゃん、さっきからニヤニヤしてどうしたの?』
『……ん?あぁ。ちょっと面白そうな奴を発見してさ。』
『えー!?そいつどこにいんの!?』
ヒカリが目をキラキラさせて列車の窓から身を乗り出した。
『んー…どうやらもう列車に乗っちまったみたいだぜ?』
俺がヒカリの後ろからホームを見るも、さっきの親子は影も形もなく肩をすくめてみせた。
『ちぇッ、つまんないのー!』
ぷくーっと膨れたヒカリの頬をつつく。こいつの素直な反応はいつ見ても飽きることはないな、と笑みを浮かべた。
『まぁまぁ、きっとまた会えるさ。ところで――』
俺がヒカリの耳元に手を伸ばそうとした途端、俺たちのコンパートメントが勢い良く開いた。
「あれ?もしかして僕たちお邪魔しちゃった?」
「………ったく、だから言っただろ、ジェームズ!」
「まぁまぁ、シリウス。こーんな可愛いレディーたちに会えたんだ。少しは僕に感謝する気持ちを持っても罰は当たらないんじゃないかい?」
俺たちを見てヒューと口笛を吹きながら、ハシバミ色の瞳を細めてニコニコ笑顔を繰り広げる眼鏡野郎。一瞬呆然としながらも、ジェームズと呼ばれた男の子をはたいた灰色瞳のハンサムボーイ。
『(ツカサちゃん…)』
『(あぁ、わかってる。)』
ジェームズ・ポッター
シリウス・ブラック
ついに俺たちは奴らと接触した。
「僕はジェームズ・ポッター。可愛いお嬢さんたち、僕ら座るところがなくて困ってるんだ。良かったら君たちとご一緒させてくれないかい?…ほら、シリウス、君も!」
ジェームズはぴょんぴょんと好きかってに跳ねている髪の毛を、さらにくしゃくしゃにしながら極上スマイルをしてみせる。
マシンガントークに唖然としていた俺たちがまだイェスともノーとも言わないうちに、ジェームズは俺の隣に座って俺の手をとるとそっと口付けをした。
『(コイツ………)』
その瞬間に瞳が大きくするが、それからすぐに目を細めた。
「(ジェームズの奴……)オレはシリウス……シリウス・ブラック。家名は好きじゃない、だから名前で呼んでほしい。」
ジェームズの口付けに呆然としていた相棒の隣にシリウスが座った。ぷるぷると震える体を耐えるように口を開こうとするヒカリは、俺からの視線を感じたのだろう。その瞬間、俺と彼女の視線が交差した。
『それはご丁寧に。私の名前はツカサ・アトベです。』
『(…ん?私?)…私の名前はヒカリ・アクタガワ。日本人なんだ。』
『(気付いたな?じゃあ、いい気になってる奴らに一泡ふかせるぞ。)……ンぐ!!!』
『(りょーかい!)
…ツカサちゃん!!どうしたの!?』
俺たちは二人に気付かれないようほど小さく口元を上げたあと、それを合図に自分の胸あたりを押さえながら苦しそうな顔をしてみせた。
突然の異変とヒカリの焦りように隣に座っていたジェームズだけではなく、彼女の隣に座っていたシリウスも焦り始めた。
「お、おい…」
「ツカサ!君、大丈――『ハァ…ハァ…あつ…い』……は?」
『ジェームズ…ハァ……体が…熱い…んだ…ハァ…服…脱がせ…て…くれ…』
ジェームズの首元の服を掴むと、耳元で苦しそうに呟いてみせる。涙目の顔に息のかかり具合とその発言に、ジェームズはブワッと顔を赤らめていた。
さて、次はヒカリの番だ。
「お、おい!?」
彼女はシリウスの焦り声をものともせずに、彼の組んだ膝の上に乗って向かい合う。そして、わずか三センチというところまでシリウスの顔に顔をずいっと近付け、涙を浮かべながら上目遣いをしてみせた。
『シリウス…ツカサちゃんを…ツカサちゃんを助けて!(必殺、兄貴印のおねだり攻撃〔改良版〕)』
俺はジェームズの手を俺の服に持っていきながら、ヒカリの様子をちらりと見た。…うん、やっぱすげーな、アイツ。あのシリウスが顔赤くしてやがる。
父さん母さん、ついでにナルシー馬鹿兄貴に感謝感謝。
なにせ、かの有名な悪戯仕掛け人の頭をこんな状態にできたんだから。
・・・にしてもこの顔は
『『…プ……プクククク』』
「は?」
「え?」
ついに俺達は我慢できずに吹き出してしまった。…俺達に騙されたと気付いた次の瞬間のジェームズとシリウスの顔はたぶん一生忘れられないと思う。
『『……悪戯完了!』』
(残念ながら兄貴たちのおかげで、僕たち甘いフェイスや言葉に嫌ってほど耐性ついてんだよねー。)
(ハッハッハ!俺たちを口説こうなんざ百万年早ェんだよ!氷帝なめんな。)