捜索開始!
只今ツカサちゃんからバトンタッチがあったように僕がヒカリ。ということでとりあえず、僕達がこうなったいきさつを回想しつつ説明するね。
ことの始まりは夏休み初日のこと。その日から僕の兄貴の芥川慈郎、ツカサちゃんの兄貴である跡部景吾、そしてもう一人忍足侑士が忽然と姿を消したんだ。
――――――――…
跡部邸
ツカサの部屋
兄貴達が行方不明になってから二日間は経とうとしていた。
ツカサちゃんは腕を組ながら、僕の目の前を行ったり来たりしている一方で、僕はそれをぼーっと眺めながらツカサちゃんの部屋にある椅子の上に脚を抱え込むようにして座っていた。
ツカサちゃんの目の下にはうっすらとクマができているし血色も悪い……けれど、恐らく僕も似たような状態であることは容易に想像ができる。
この二日間の不眠と、兄貴達を発見できない焦りや不安が僕達の身体と精神を極限まで追いつめていた。
もう、限界だった。
『ちっくしょ!兄貴達、一体どこに消えやがったんだ?』
ツカサちゃんが立ち止まったと同時に顔を歪めて机をドンっと拳で叩く。僕は僕で、兄貴が消えちゃったことが悲しくて顔を膝に埋めていた。氷帝学園男子テニス部レギュラー陣も一緒に捜してくれているけれど、今だに消息は不明。
『マジで意味不明。跡部財閥の情報網を駆使し、総力を挙げてすらあいつらの足取りを掴めねぇって……こんなこと今までなかった。』
クシャリとツカサちゃんは自分の前髪を掻き分けるとそのまま力なく座りこんだ。跡部に対していつも迷惑そうな態度をとっていようとも、憎まれ口を叩いていようとも、やっぱり兄妹。僕が兄貴のことを心底心配しているようにツカサちゃんも跡部のことが心配で仕方ないんだ。
『ジロ兄達…どこ行っちゃったんだろ…』
僕の呟きにツカサちゃんが続く。
『分かっている事といやー、兄貴達含めたレギュラー陣が俺の家で勉強会をしている最中に三人が席を立った…その後行方不明ってことだな。』
『その後帰ってこない三人を心配した残りのレギュラー陣がお手伝いさん達と共に屋敷内は全て捜した。それでも見つからなかった、だよね、ツカサちゃん。』
『あぁ。』
『………僕さ、ずっと気になってたんだけど、本当に屋敷内全てを捜したのかな。』
『………どういうことだ?』
『ツカサちゃんの屋敷って広いじゃん?こんなに大きな屋敷だもん。捜し漏れとかあっても不思議じゃないと思うんだよね。』
『捜し漏れ、か。確かにな。俺自身この屋敷全てを知りつくしているわけじゃねぇし。…んで、何らかの理由であいつらはそこに入り…。』
『何らかの事態が起こった挙げ句……出られなくなった。』
『部屋…しかも使用人達が知らないとなると長年使われていない部屋、か――――ちょっと待て。この屋敷の見取り図を持ってくる。』
ツカサちゃんは一度部屋を出ていくと、数分後には大きな紙と赤ペンを持ってきた。ツカサちゃん曰くこの屋敷の見取り図のコピーなんだとか。
『ヒカリ、そこの子機を取ってくれ。』
『ラジャー。』
僕は傍にあった電話を取るとツカサちゃんに渡した。ツカサちゃんは電話を受け取ると内線を繋げる。
『―――あぁ、俺だ。当日兄貴達の屋敷内捜索をしたのはお前だったな。あぁ。んで、どこの部屋に入ったか覚えてるか?――あぁ、それでいい。……ちょっと待て。』
ツカサちゃんが僕に赤ペンを渡しながら『俺が聞いた場所に印しをつけとけ。』と言い放つと、僕は了解の意味を込めて一つ頷き返した。
『悪い――こっちは大丈夫だ。続けてくれ。』
それから数分間、ツカサちゃんの相槌を打つ声と、シュッシュッという僕のマーカーで×印をつける音だけが部屋に響き渡っていた。
『―――あぁ、忙しいのに悪かった。』
ピッと電子音を出してツカサちゃんは電話を切った。
『……候補は五ヶ所だね。』
『とりあえず、しらみ潰しにいくか。』
僕とツカサちゃんはそこまで呟くとお互いで頷きあった。そして同時に立ち上がる。ペンと見取り図を持って僕達はツカサちゃんの部屋を後にした。
―――――――…
目の前には一つのドア。
ツカサちゃん曰く"等身大の動かない鏡が一つ置いてあるだけの小部屋"らしい。その存在理由は不明で、ツカサちゃん自身ここに入ったのはもう十年位昔のことだって呟いていた。とにかく、ここがラスト候補の部屋。ここに兄貴達がいなければ、また最初から考え直さなければならない。コクリと喉がなった。ツカサちゃんがゆっくりとドアノブを捻る。
ギギーと木材の悲鳴を聞きながらも僕達はその部屋に足を踏み入れた。
たった六畳くらいの広さ。これまでほとんど足を踏み入れられたことがなかったのか、床には埃が貯まっていて空気もどこか粉っぽい。僕はその空気にコホコホとむせ返っている間に、ツカサちゃんは床を見てニヤリと口元を上げた。
『ヒカリ。……ビンゴだ。』
ツカサちゃんの指す先。そこにはおよそ三人分の足跡。埃が床一面に広がっているせいで、どこか真新しいそれは目を凝らさなくてもすぐに見つけることができた。そしてその足跡の先には一台の大きな鏡。
僕達は辺りに警戒しながらもゆっくりとソレに近づいた。『気を抜くな…』と言うツカサちゃんの声に了解の言葉を紡ぐ。
そして鏡の目の前に僕達が並んだ途端、瞬く間に光が鏡から溢れ出し、驚く僕達を包み込む。
『ヒカリ!』
咄嗟にツカサちゃんに腕を引かれて彼女の身体自身で被われたものの、グイグイと訳の分からない力に引き込まれるように僕達は鏡の中へ沈んでいく。
僕達の意識がそこでプツリと途切れた。