目覚め
――…
――――――――…


畳み独特の匂いがする。
目が覚めると、俺は敷布団に寝かされていた。ハっと我に返り、急いで起き上がると背中がぽきぽきと小気味の良い音がする。フカフカのベッドと違い、慣れない布団に疲れたのか身体が酷く固かった。………俺達は確か、鏡に吸い込まれたはずだ。だけど、周りに見えるのは畳み。俺の屋敷は洋風だし、畳みの部屋なんてあるはずがねぇ。つーと何か?ここは鏡の世界?



『そうだヒカリは!?』


隣を見ると、俺と同じく布団に寝かされたヒカリがスヤスヤと気持ち良い寝息を立てていた。
それを見て安堵の息を吐きつつ、ヒカリを起こしにかかろうと手を伸ばした途端、ハタリと止めた。ヒカリに違和感があるのだ。特に髪辺り。『兄貴とオソロ!』と自慢げに話していたコイツの金髪は、今はまさしく黒。それを見て、なんとなくいやーな予感がした俺は自分の胸辺りにある髪を一房掬った。ふつーならば、ここには俺のそれはそれは素晴らしく美しいグレーの上質な髪があるはずだった。そう過去形だ。今俺の手元にあったのは、ヒカリと同じ黒色だった。それを見た俺はピシリと固まる。



『――※◎×◇!!?』


『んーーツカサちゃん…一体どうした………。えぇ!?』


俺自身すら訳の分からない叫び声によって、ようやくヒカリも目を擦りながらムクリと起き上がった。次いで俺の髪を見たのだろう。ヒカリも眠気がぶっ飛んだのか目を見開いて驚いていた。
その頃にはようやく俺も落ち着き始めていて、掌を額に添えながらヒカリ自身の髪を指さしてやる。予想通り。それから三秒後には俺に代わってヒカリの叫び声が響いていた。



俺達の悲鳴を聞いてか障子の向こうの廊下側からドタバタと足音が聞こえてくる。明らかにその音はこちらに向かってきていて、それが分かると、自身が犯したミスに俺は舌打ちをもらした。
急いでヒカリの腕を掴むと俺の背中に隠す。ヒカリもようやく事態を悟ったようで、ジッと障子を見つめているようだった。
俺もヒカリ同様、数秒後には開け放たれるであろう障子に殺気をこめる。


次の瞬間には障子がバタンと勢いよく開かれた。



「ツカサ、ヒカリ、どうした!」


「何なに?ヒカリ達どーかしたの!?」



『『――――は?』』







「………どうやら、目を覚まして混乱してるだけみたいやな。驚かさんといてや。」






イヤイヤイヤこっちがびっくりしたわ!何こいつら。いろいろツッコミどころが満載なんだけど。








『えーと、みんな黒髪着物アーンド大人っぽくなっちゃってるけど………跡部にジロ兄に忍足…で合ってる?』



俺の背中からピョコンと覗きこんだヒカリが、今正に俺が口にするのを躊躇っていた内容を言ってのけた。ヨシ、ヒカリ。良くやった。よく言ってくれた。
俺は『よしよし。』とヒカリの頭を撫でてやる。そうするとヒカリは気持ち良さそうに目を細めた。


黒色の着物をゆったりと着ているのが跡部景吾。俺の兄貴。深い緑色の着物を着て瞳をキラキラさせているのが芥川慈郎。ヒカリの兄貴。群青色の着物に胸元をはだけさせて、無駄な色気を振り撒いているのが忍足侑士。いずれも俺達がこの二日間捜し続けていた行方不明の三人だった。ただ目の前にいる奴らは俺達が知っている兄貴達とは違う。全員お揃いの黒髪…と、明らかに中学生ではない容貌。おそらく二十歳前後つーのが妥当だろう。




グレーの髪から黒髪に変わった兄貴がフっと笑うと片手で顔を被い、指の隙間からこちらを見遣る。あー…あのナルシーな仕草は正に兄貴だな、うん納得。



「当然だろ。俺様の美貌はこの世で一つだ。……しかし、その苗字で呼ばれるのも久々だな。」



そんな兄貴を押しのけるようにして部屋に入ってきたジローは俺の背中にいるヒカリに抱き着いた。



「ヒカリに会うのも久しぶりだCー!しかも、ちっさーい!かっわEー!」


『わわわ。ジロ兄がでっかくなったんだよ!ツカサちゃんヘルプミー!』



俺がため息をはいてジローをヒカリから離そうとした途端、それよりも前に忍足が部屋に入ってきてジローをヒカリからベリっと引き剥がした。



「ちょ、侑士何すんのーっ!俺もっとヒカリといたいのにー!」


「ジロー。少しは落ち着き?ヒカリはまだこっちの世界に来て間もないんやで。いきなり成長した俺らを見てテンパってるやん。………景吾。」



「あぁ。ツカサ、ヒカリ。今からこの状態について説明してやる。俺様について来な。」




俺とヒカリは不思議に思いながらも二つ返事で兄貴の後ろについていった。

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