厄介な課題
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図書館。本独特の匂いが充満するこの空間。俺とヒカリは頭を抱えてうんうん唸っていた。
『やばい、やばいよツカサちゃん。僕、レポート書ける気がしないよ。』
涙目になりながら正面に座った俺を見上げてくるヒカリ。俺もこいつ同様、このレポートを完成させられる気がしない。つっても、俺達があまりの馬鹿でレポートを書けないんじゃない。証拠として一つ目の罰レポ(罰則レポート)の【変身術の意義とその有用性】は図書館に来て早々、十五分程度で完璧に書き上げていた。
が、問題なのが二つ目の罰レポ【授業を黙って静かに大人しく受けることの意義と有用性】……。これが思いの外難しい。
「そんなに難しく考えなくても良いんじゃないかな?」
俺の隣に座って魔法薬学のレポートを書いていたフランシスが苦笑して言った。
『いや、だってさ。よく考えてみろよ。別に授業を黙って静かに大人しく受けなくても、俺達の成績ははっきり言って良いし。ピーター・ペティグリューなんざ、先生の話をよく聞き、黒板を穴が開くほど見ていたのにも関わらず、はちゃめちゃな成績なんだぜ?これで意義と有用性を述べよと言われてもな。』
「……。ならそう素直に書けばいいだろ。それを提出すればいい。」
ヒカリの隣に座っていたキースが、動かす手を止めずに眉を潜める。キースは今、古代ルーン文字を訳をしているところだったらしく、ルーン語辞典のページをめくりながらサラサラサラと羊皮紙に何やら意味不明な文の羅列を書いていた。
『んなことできる訳ないじゃん。あのマクゴナガルだよ!?規則遵守で厳格だけどちょっと涙もろいあのマクゴナガル。そんなこと書いたら今度は羊皮紙五巻き分の反省文を書かせられちゃうじゃんか。』
「ヒカリ、最後の涙もろいは関係ないと思うよ。さて、僕の課題レポートは仕上げたんだけど…キース、君はどうだい?」
「ちょっと待て……あぁ、俺も終わったところだ。」
「そう。じゃあキース。僕達はお先に寮に戻ろうか。」
「そうだな。二人の反省会を邪魔しちゃ悪い。」
『『……………』』
当然、フランシスとキースが手伝ってくれるとふんでいた俺とヒカリは目を見開いた。と同時に眉を潜ませる。何?こいつら手伝ってくれないわけ?『白状ものー』と机につっぷしているヒカリを見ながら、俺は再び頭を抱えた。あー…マジでどうすっかな。アレか?やっぱり自分の気持ちに素直になるか?怒られるの承知で【騒いでても成績に関係ないので意義も有用性もありませーん】的に書くか?
もう半ばヤケだと思いながら羽ペンをインクに浸して羊皮紙に書こうとした瞬間、やんわりとフランシスに羽ペンを止められた。なんだよ、という意味を込めてフランシスを見上げる。そしたら、フランシスはくすくす笑いながら俺の頭を撫でてきた。
正面にいるヒカリを見ると、俺と同じようにヒカリも、くくくと笑っているキースからガシガシと頭を撫でられている。
「ごめんごめん。ちょっと冗談が過ぎたみたいだね。僕達も手伝うよ。」
『え、え?いいの?キース。』
俺はフランシスのその言葉に目を見開き、ヒカリは驚いてキースを見上げていた。
「あぁ。元からそのつもりで早く課題を終わらせたんだからな。だろ?フランシス。」
「そうだね。じゃあ、僕はツカサ担当。キースはヒカリ担当でいいかい?」
「それでいい。三十分以内に終わらせる。ヒカリ、羽ペンを持て。」
「さて、ツカサ、僕達も始めよう。」
それから俺達は二人がツラツラと述べた内容を羊皮紙にとにかく書きまくった。二人の口から次々と出てくる、まるで教科書に載っているかのような模範的な授業の受け方に関する正に模範解答と言える考察とその結論。ちなみに、ヒカリのレポートを見せてもらった所、キースはフランシスとはものの見事に別の視点から授業の受け方に関する考察を述べていた。
『キース、ありがとう!』
『フランシスもサンキューな。』
結果としてキースの予告通り、俺達は三十分以内にレポートを仕上げることができた。……。こいつらスゲー。授業をここまでベタ褒めできる奴も中々いないぜ。うん。絶対いない。
「どういたしまして、これくらいお安い御用だよ。なんたって君達は僕らのプリンセスだからね。だろ、キース。」
「そうだな。けど、どうも俺達のおチビちゃん達はお転婆すぎる。今度は何をやらかすかと思うと……。先が思いやられるな。」
くすくす笑うフランシスに、溜息をはくキース。…………ちょっと待て。
『フランシス!プリンセスってなんだよ。俺達は今男。アーユーOK?』
『そうだよ!それにおチビちゃんって何!?』
俺とヒカリが抗議の声を上げると、二人は顔を同時に見合わせてクスリと笑った。それから俺達に向き直ると、口元に人差し指を立てる。
「それはまだ秘密。」
「――――だな。」」
悪戯に微笑んだ二人に、俺達は言葉を失った。な、なんなんだこいつらのこの余裕の笑み。比較的男女間の駆け引きや格好良い男に耐性がついている俺達でも、ちょっとだけ、いや本当にちょっとだけだが…今……キタ。……。どうやらプリンスとナイトのあだ名は伊達ではないようだな。……侮りがたしハーコード兄弟。
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悪戯仕掛人side
「シリウス気づいていたかい?今日の夕飯時、彼達僕らにものすごく殺気を放っていたみたいだね。」
悪戯グッズを弄りながら、ジェームズは顔を上げずに言う。ベッドに横たわっていたシリウスは、片眉を上げながら上半身を起こした。
「なんだ、気づいていたのか。」
「……まぁね。」
ピーターは一足先にベッドで熟睡しているのか、寝息と時折鼾が聞こえる。リーマスは体調が悪いとかで保健室に入院していた。
「でも、アクタガワとアトベってそんな悪い人達に思えないけどね。グリフィンドールだし。むしろ彼らからは僕達と同じ匂いを感じるよ。」
「用心に越したことはないだろ。あー、どうしても思い出せねぇ!俺、昔どこかでアイツらの顔を見た気がすんだよな。」
「けど、昔ってことは……少なくとも純血同士のパーティーやそこらだろ?しかもブラック家に呼ばれるってことは、それもかなり名高い家だと思うけどね。特に闇の方に関しても。」
「そこなんだ。調べたんだが、アトベ家という名前もアクタガワ家という名前もブラック家に招待された記録はなかった。」
「じゃあ、やっぱり君の思い違いなんじゃ。」
「いや。それはない!あぁ、クソ!納得いかねぇ!絶対、あいつらの尻尾を掴んでやる!……いいかジェームズ。あいつらの正体が分かるまで関わるな。どんなに挑発されても、だ。」
「別にいいけど。でも珍しいね。君がそんなに誰かに執着するなんて。」
「執着じゃねぇよ。警戒だ。」
「野生の感ってヤツかい?」
「あぁ、そんな感じ。……。ってなんでだよ!」
「冗談だよ、相棒。さて、そろそろ寝ようか。明日も授業があるんだしね。」
ジェームズは肩を竦めると眼鏡を外してベッドに潜り込んだ。