スキスキシンドローム
「ヒカリ?早く起きないと学校遅れるって―――」
ツナがヒカリの部屋に入ると、今だに寝ていると思っていたヒカリはしっかりと起きていた。しかし、ベッドに起き上がっているだけで体は全く動く気配がない。
「ヒカリ?…具合でも悪いのか?」
不審に思ったツナはベッドに近づくと次の瞬間驚きで目を見開く。いきなりヒカリがツナに抱き着いたのだ。首元に顔を擦り寄せるヒカリに慌てるツナだったが、もしかしたら何かあったのかも…と思い直すと、戸惑いながらもポンポンとヒカリの頭を撫でてあげた。
「ヒカリ…?どうした?怖い夢でも見たの?」
ツナの言葉にヒカリはフルフルと首を振る。何事か呟いていたが声が小さくてツナには聞きとれなかった。今だに抱き着いて離れないヒカリの表情がツナの方からはよく見えない。しかし尋常ではない妹の様子に少し焦りを感じた。
「えっと…ゴメンヒカリ、もう一度言って?」
ツナが困りながらもヒカリに優しく言うとそのまま体がぐるんと反転した。
「…………は?」
ツナが下で上にはヒカリ。
つまるところ、ツナはヒカリに押し倒されたのだった。
『…ツナ、僕ね…ツナのこと――――好き。』
「え。」
ヒカリはそう呟くとツナの両頬に両手を添わせながら、顔を近づかせていく。ヒカリの髪がツナの顔にかかり、互いの呼吸音が分かるくらいに接近していた。ヒカリの真っ直ぐな瞳に見入ってしまったツナは、赤くなることも焦ることもできない。唇と唇が触れ合うあと数ミリのところでリボーンがやってきた。
「………お前ら兄妹のくせにキモいぞ。」
「…リボーン?
って、うわぁぁああ!!」
リボーンの冷静な言葉に我に返ったツナはみるみる赤くなるとバッとヒカリを押し退けた。その途端にヒカリも我に返ったのか今の状況に首を傾ける。
『………はれ?僕何してたんだっけ。あ、ツナ、おはよ。』
「お、おはよう。な、なぁヒカリ?そ、そのさ、さっき―――」
『さっき?僕何かした?それよりツナ、早く準備しないと遅刻しちゃうよ。』
そう言うとヒカリは部屋を出て行ってしまった。暫く呆然としていたが、とりあえずツナは先程のヒカリの様子をリボーンに説明する。
「それはきっとスキスキ症候群だな。」
「スキスキ症候群?」
リボーンの説明によると、面識のある同年代の異性に対して一定時間惚れっぽくなるのだが、その時間が過ぎると時間内に行った行為全てを忘れてしまうという珍しい病気らしい。
「さっきの病気だったの!?…つーか、ヒカリに学校休むように言わないと!」
「それは止めた方がいいぞ。」
「はぁ?なんでだよ。今のヒカリが学校行ったら大変なことになるだろ!」
ツナは先程のことを思い出したのか、頬を赤らめながらも怒鳴った。
「この病気はスイッチが入っている間に惚れた奴とキスをしねェと治らねェんだ。発症から三時間過ぎる前にできなければ、ヒカリは高熱を出して死ぬぞ。」
ヒカリが死ぬ。それを聞いた途端、ツナの顔が真っ青になった。
「じゃじゃあオレが今からその…キス…すれば――」
「意味ねェぞ。すでにヒカリはお前に惚れてねェからな。」
「んな!!……大体病気のこと知ってたんならなんでさっきのキス止めたんだよ!」
「だってだって〜ヒカリが罹ってるなんて知らなかったんだもん。」
「可愛くねぇよ!……そうだ、病気ならシャマルに治してもらえば…」
「それも無理だな。」
「なんでだよ!?ヒカリは女なんだからシャマルなら喜んで…」
「アイツは今イタリアに戻ってる。今連絡取ったとしてもギリギリ間に合うかどうか……これはもうツナがどうにかするしかねェぞ。」
「お前絶対楽しんでるだろ!」
――――――――…
「十代目、おはようございます!この獄寺隼人お迎えにあがりました!」
ツナが学校の用意をしながらも頭の中ではこれからのことに悩んでいた。とりあえずヒカリには一緒に登校しようと誘ったので玄関で待たせている。そんな時に獄寺の登場だ。ツナはマズイと思って玄関先に急ぐがほぼ手遅れだった。
「……十代目ぇ…ヒカリが…オレのこと………」
顔を真っ赤にしながら泣きそうな顔でツナを見る獄寺。やっぱり、とツナはため息をはいた。ヒカリは獄寺に抱き着いたまま離れない。獄寺は手の置場に困っているようだった。
「やっぱり…ゴメンね獄寺君。ヒカリ、今病気でさ…」
ツナはスキスキ症候群のことを獄寺に話した。途端に真っ赤になる獄寺だったが目には確固たる決意が芽生えている。
「つまり、オレが今ヒカリとキ、キスしなければ…ヒカリは死んでしまうのですね!?」
「いや…うん、まー…そうなんだけど…」
「なら、オレやります!」
ハァァァ!?とツナが驚いているうちに獄寺はヒカリの肩に手を置いていた。お互いに向き合い見つめ合う様子は、端から見ればドラマの恋人たちのようである。
『隼人…』
「……」
目をパチクリさせるヒカリを真っ赤な顔で見つめ、尋常ではない冷や汗を流す獄寺は明らかに無理をしていることがバレバレだった。
「ご、獄寺君。む、無理しなくていいよ。あと二時間くらいはあるし……。」
「…しかし、十代目の大切な妹君を護るのも右腕であるオレの仕事です。」
ゴクリと獄寺は唾を飲み込むと、ヒカリの肩を掴む手に少し力を篭めて顔を近づける。妹と友達のこれから起こるであろうキスシーンにツナは複雑な感じがして顔を背けた。
『………隼人、顔近い。何やってんの?』
「残念だったな獄寺。時間切れだぞ。ヒカリが正気に戻っちまったからな。」
一瞬で現れたリボーンの言葉に獄寺は顔を赤から青にさせると、パッとヒカリを解放し、地面に膝を着いて土下座をした。
「すいませんでしたぁぁ!十代目ぇぇ!!オレはオレは…ヒカリを護れませんでしたぁぁ!!」
「ご、獄寺君!大丈夫だから落ち着いてぇぇ!」
「十代目ぇぇ!」
獄寺の涙ながらの謝罪に近所の人たちは何事かと集まり、挙げ句当事者であるはずのヒカリは隼人の様子を見て爆笑している。ツナはこの状況に再び頭を悩ませるのだった。
―――――――――…
どうにか学校に着くと朝練を終えた山本に挨拶をしてツナは席に鞄を置く。そこでヒカリの様子がおかしいことに気がついた。今朝のように異常なほどボーっとしているのだ。ヒカリの様子に山本も気づいたのか肩をポンっと軽く叩く。ヒカリは身体を震わせて山本を潤んだ瞳で見つめた。
「よ、ヒカリ。今日どうしたんだ?いつもの元気がないぜ?」
『武…あのね…僕……武のこと――』
「ん、オレ?」
「うわぁぁあ!ヒカリ、続きは後!山本、屋上一緒来て!獄寺君はヒカリを後から連れてきてくれるかな?」
「はい!」
教室での告白はさすがに後が大変になると考えたツナはすぐに二人を離した。ただでさえ目立つ二人なのだから尚更である。
―――――――…
その後、屋上へと連れていったツナは山本に話せるところまでは話したのだが天然な山本にどこまで通じたのか、ものすごく不安だった。それに授業はとっくに始まっている。タイムリミットも一時間を切っており、もはや迷ってる暇もなかった。
「それにしても、獄寺とヒカリ遅くないか?」
「確かに…」
その時、バタンと屋上の扉が荒々しく開く。入ってきたのはどこか焦っている獄寺と―――獄寺に抱き上げられてクタリとしているヒカリだった。
「「ヒカリ!?」」
「十代目!ヒカリが突然倒れて―それに熱もあるみたいです!」
すぐに駆け寄るツナと山本に告げる獄寺。見れば風邪を引いた時のように苦しそうな息遣いをしていた。
「ど、どうしよう…このままじゃヒカリが…」
真っ青になりながら頭を抱えるツナを山本が宥める。その様子を見ていた獄寺はヒカリを一旦降ろすと山本の襟元を掴んだ。
「野球馬鹿にこんなことは頼みたくねぇが、ヒカリを救うためなら仕方ねぇ。山本、ヒカリとキスしやがれ!」
「へ。オレが?でもよ―――」
「でももヘチマもねぇ!このままだとヒカリは死んじまうんだよ!さっきヒカリお前を見た時、微かにスイッチが入っていた!もしかしたらまだ間に合うかもしんねぇ!」
獄寺の真剣な眼差しに山本はただ事ではないと感じ取ったのか、分かったと呟くとヒカリの傍まで歩いていく。その様子をツナと獄寺は静かに見守っていた。
「悪いなヒカリ…。少し我慢な。」
山本はヒカリを抱き起こすと優しく呟く。相変わらずヒカリは息遣いが荒々しく意識も定かではなかった。その様子を真近で見た山本は一瞬眉を寄せるが、ヒカリの綺麗な金髪を撫でるとゆっくり目をつむる。ヒカリと山本の唇が触れ合おうとする瞬間バァァンと再びドアが開かれた。
「君達、今は授業中のはずだけど?こんなところで群れて咬み殺されたいのかい?」
突然現れた雲雀に、この場の空気が硬直する。真っ先に復活したのは獄寺だった。
「雲雀の野郎、ヒカリの命がかかってるこの大事な時に!」
「そうだ山本!ヒカリの容態は!?」
ツナの言葉に山本はフルフルと首を振った。山本がする直前、少しだけ意識を戻したヒカリにふり払われたのだ。
「ど、どうしよ…このままじゃヒカリが――」
タイムリミットまであと十五分しかなかった。
「ここはもう雲雀に賭けるしかねぇぞ。どっちにしろヒカリを助けられる可能性が一番高いしな。」
突然現れたリボーンの言葉に全員が雲雀を見つめる。山本はヒカリを優しく抱き上げたまま雲雀の前まで歩くと突然頭を下げた。その様子に驚く雲雀。
「山本武、それは何のマネ?」
「オレじゃダメだったんだ。頼む雲雀、ヒカリを助けてくれ。」
「オ、オレからもお願いします!雲雀さん、妹を…ヒカリを助けてください!」
「………僕は誰にも指図を受けない。貸しなよ。この子は僕のものだ。」
―――――――…
目を覚ますと見慣れた応接室にいた。
「気がついた?」
『……きょ、や。』
「……君、体調悪いのに何してるの?」
恭弥の言うことは最もだけど僕にも自分の体を制御できなかった。心臓がこれまでにないほど脈打っている。僕は寝かされていたソファーから立ち上がって恭弥に抱き着いた。そんな僕にため息を吐きながらも恭弥は僕を抱き上げてソファーに座る。お姫様抱っこされたままジーっと見つめられて僕は柄にもなく顔を真っ赤にした。
「ワォ、今日の瑩はなんだか面白いね。いつもと違って顔が真っ赤だ。」
クスリと笑う恭弥に、ドクドクと早鐘が鳴って体のどこかがいきなり苦しくなった。どうしようもなく切なくて、辛くて。傍にもっといて欲しくて、触れ合いたくて。…訳も分からずに涙がぼろぼろと零れ落ちた。
「…なんで泣いてるの?」
恭弥が僕のこぼれ落ちる涙を指で拭った途端僕はその腕を掴む。
「…何。」
『きょ、や。僕…好き……恭弥が…好き…』
「………………」
僕は体を起こして目を丸くしている恭弥のほっぺたを両手で包みこむと、そのまま自分の唇を恭弥の唇へと押し付けたまま意識が遠のいていった。
(雲雀よくやったな。)
(赤ん坊か…ずっと見ていたのかい?)
(中々初々しかったぞ。)
(……。そう。)
その後目覚めたヒカリはすっかり元気になった。もちろん、一連の出来事は全て忘れて………
(リボーン、ヒカリが助かったってことは……)
(あぁ、無事雲雀とキスしたんだぞ。)
(………)
(知ってるか?スキスキ症候群は罹った奴と治した奴を結びつける、所謂縁結びの病とも言われているんだ。あいつらがそういう関係になるのも遠くはないかもな。)
(……ガーン。)
ツナ、撃沈。