僕の強化プログラム
『ツナ!』
僕は自室で支度をしているツナにクシと髪ゴムを渡して目の前に座った。つまり髪を結ってという催促。ツナは、またかよと少し顔を歪めたけど、すぐに僕の後ろに座ってくれた。
「母さんにやってもらえばいいだろ?」
オレだって学校の支度があるのに…とブツブツ言いながらも、僕の金色の髪にそっとクシを通す。
『だってだって奈々ママ、ランボたちの世話で忙しそうだったんだもん。それに昨日宿題手伝ってあげたじゃん。』
僕の最後の一言に、ツナは何も言えなくなったみたいだった。
「今日はテニス?」
『んー、そう。』
「じゃあ、ポニーテールだね。」
『うん。あ、だからね。帰りがちょっと遅くなるかも。』
「わかった。ヒカリ、気をつけて帰ってくるんだぞ?」
『はーい!』
普段、肩くらいまで着く僕の髪の毛はツナによって一つに纏められる。そんな今日の放課後は、テニススクールの日。
―――――――…
ヒカリと共に一階に降りると、母さんとビアンキは台所から嬉しそうに玄関に出てきた。
「ヒカリ、すごいじゃない!」
ビアンキはヒカリの頭を撫で回す。それに対して、オレたちは不思議そうに首を傾けた。
「ツっくん聞いたー?ヒカリちゃんね、今通ってるテニススクールのシングルスランキングで二位だったんですって!」
「え……二位!?だって、ヒカリが通ってるテニススクールって、確か全国レベルって…」
隣にいるヒカリを見遣るとキョトンと学生鞄とテニスバックを持っていた。
「そうよ〜。ヒカリちゃんのコーチの中村さんから電話があってね!母さん今知ったのよー。」
ヒカリちゃんも早く教えてくれれば良かったのにーと残念がる母さん。
(うちの妹スゲー)
「今日はご馳走よ!じゃあツッくん、ヒカリちゃんいってらっしゃい!」
上機嫌の母さんたちに見送られて、 オレたちは家を出た。
――――――…
「なーヒカリ、そのさ、なんで黙ってたんだ?言ってくれれば祝ってやったのに。」
オレは隣を歩くヒカリに視線を向ける。そしたら、ヒカリは相変わらずキョトンとしていた。
『どうして?』
「…どうしてって。だってすごいじゃないか!全国レベルで上位ってことだろ?」
そんなの当たり前だろっと思うオレに対して、ヒカリはなんの変化も示さなかった。
『ふーん。……。でもさツナ、ツナはなんか僕を勘違いしてる。』
いつもとどこか違うヒカリの声色。
「…オレが勘違い?」
『うん。僕がテニスをするのはね――――』
"見つけてもらうためだよ"
「え?」
ヒカリの言葉にオレは疑問符を浮かべた。そんなオレの様子に気づいたのか、ヒカリはいつものようにニコリと笑う。
『なーんてね。気にしないで。今のは冗談。僕ね、僕はテニスがすごく好きなんだ。だから、結果じゃないのッ!』
そんな妹にどこか違和感を感じた。
――――――――…
放課後。
「ヒカリ、あんたこれから暇?」
友達の花ちゃんに話しかけられて、僕は教科書を鞄に詰め込む手を止める。
「一緒にスイーツ食べに行かない?」
同じく友達の京子ちゃんの誘いに僕は眉を八の字にした。
『行きたい。けど、ごめんね。今日テニスなんだ〜』
そっかーと残念がる京子ちゃんに、アンタも頑張るねと苦笑する花ちゃん。そのまま彼女達と別れて、僕はテニススクールにむかった。
――――――――…
「ツナ、ヒカリの後をつけろ。もちろん、獄寺と山本もだぞ。」
「リボーンさん!」
「お、小僧!また学校に遊びに来たのか?」
教室で山本や獄寺くんと帰りにどこ寄るか話していたところ、突然テニスプレイヤーの格好をしたリボーンがやってきた。
「おま…また学校に来て!…ってか、なんでヒカリ?あいつは今日テニススクール行くだけだろ?」
オレの言葉にリボーンはニヤリと笑う。
「だからこそだぞ。いいからいけ。言っとくが、ヒカリに気づかれたらぶっ殺すからな。」
「わかったって!だから、むやみに銃むけんなよ!」
リボーンはオレに向けていた銃を懐に仕舞う。山本は探偵ごっこと思ってるみたいで、どこか張り切っていた。面倒なことが起きなければいいけど…。
―――――――――…
パコーン パコーン
室内のあちこちのコートからラケットで打ち返す音がする。一つ息をはいて、自分と対戦している相手を見返した。相手が回転をかけてサーブした球をさらに回転をかけて打ち返す。
「ゲームセット!勝者瑩!」
対戦相手と軽く挨拶を交わすと、僕は中村コーチに呼ばれる。噂では彼は若い頃に日本選手に選ばれたとか。とにかく彼の実力は本物。小さい頃からずっと僕の面倒を見てくれた人だった。
「ヒカリ、よくやった……と言いたいところだが、まだまだ甘い。守備範囲が狭すぎるんだ。コート全体を見ろ。」
また同じ注意。この間の試合でも言われた。
『…はい…』
この返事も前と同じ。中村コーチはちらりと僕を見て、一つため息をついた。
「…ヒカリ、お前はシングルスでもそこそこやっていけると思う――――が、お前、本当はダブルスプレイヤーだろ。」
ビクリと体が震えた。とっさにコーチから視線をずらす。コーチはずっと前から気づいていたらしい。
「今まで、お前はなぜかダブルスを組みたがらなかったからシングルスをさせていたが、さらなる上を目指すなら――――――…」
『僕はシングルスがいい!!』
中村コーチの言葉を遮って僕は叫んだ。そのことに中村コーチは目を丸くする。だけどすぐに真剣な表情に変わった。
「わかった、ただし条件がある。明日、お前には試合をしてもらう。それに勝ったらシングルスを続けなさい。だが、負けたらダブルスだ。それでも従わないというのなら、俺はお前のコーチを降りる。」
対戦相手はお前がこの間負けた子だ今日はもう上がりなさいと言って中村コーチは去っていく。僕はスクールのシャワーを浴びるとラケットバックと学生鞄を持ってこの場を後にした。むかう先は家…ではなく、ふつうのテニスコートはもちろん、壁うち用コートのある公園。暗くなる一歩手前あたりの時間帯だから、公園には誰もいなかった。
ラケットとボールを出して壁うちを始める。パコーンパコーンと僕が出す音だけが虚しく公園内に響いていた。
(僕がこの間負けた子…か。)
僕の敗因はわかってる。ほとんどの球は打ち返していたし、惨敗ってわけでもなかった。それでも負けた。
(僕が…ダブルスプレイヤー…だから。)
コーチの言い分は正しい。僕が間違ってる。だけど、だけどね?
ダブルスはダメなんだよ。…僕の隣は彼女だけ。ツカサちゃんの場所なんだ。彼女以外とは組みたくはなかった。
パコー…ン
壁うちを止める。
『こんなことやっても意味ないじゃんか!』
もう頭にきた。こんなことをやっても視野が広くなるわけじゃないし、コート全体を走り回る体力をつけられるわけじゃない。限られた時間は一日もない。自分ではどうにもならない壁が悔しかった。焦る気持ちと共に、中村コーチとは師弟関係を解消せざるを得ないかという諦めさえ沸いて来た。涙も浮かんでくる。うわ、情けない。泣いてたってどうにもならないのに。格好悪い。自分に腹が立つ。
ハァと溜息をつきながら、夜の帳に包まれようとしている空を見上げた。思い浮かぶのは…いつも僕と一緒に、笑って、悔しがって、怒鳴って、悪戯して、兄貴達をからかって、遊んで、テニスをしてくれた彼女の姿、だ。
「…ヒカリ。」
突然呼ばれた僕の名前。振り返ると、ツナ、隼人、武、それにリボーンまでいた。すぐに涙を拭いて、いつものようにニコリと笑う。
『皆どうしたの?』
僕が言うと、リボーン以外の三人は何とも気まずい雰囲気をだしていた。
「ヒカリ、これを使え。」
「リボーン、何する気だよ?」
「ツナは黙ってろ。」
ツナを一蹴して、リボーンは僕をまっすぐ見てきた。その間にリボーンからズシリとするラケットを受けとった。それからリボーンに普通のテニスコートに連れられる。リボーンと共に隼人、武はリボーンの指示で相手コートに入っていった。
「俺たちの攻撃を全てそれで打ち返すんだ。」
「な!!」
リボーンの言葉に驚くツナ。そして、隼人には「遠慮はいらねェぞ。」とダイナマイトを出させていた。ツナには、ヒカリ側のコート内で一緒に避けろ。死ぬ気弾は撃たねェからな、というリボーンの非情な言葉にツナは真っ青になっていた。
『って、このラケット大丈夫なのー?』
「心配するな。ボンゴレ特製ラケットだから頑丈のはずだ。いくぞ。」
『わわ、マジでマジで?』
僕の焦りを無視してリボーンのロケットバズーカを皮切りに、隼人はダイナマイトを僕に投げてきた。なんか、隼人は片目をつぶって何かを伝えようとしているみたいだけど、そんなの分かるかコノヤロー。後ろにいるツナの叫びを聞きながら、一つ息をはいて走り出した。目の前に向かってくる砲弾とダイナマイトをラケットで思い切り打ち返そうと構える。
「ヒカリ!」と叫ぶツナの声が遠くに聞こえた。続いてドガーンという爆発音。リボーンがニヤリと笑った気がした。
「ヒカリ!大丈…ってラケットが!!」
驚くツナの声に僕もラケットを見ると………うん、ツナの叫びに納得。ラケットが、いつの間にか綺麗な扇になっていた。
「大丈夫っスか!?十代目に、ヒカリ!」
「ツナ、今日も花火やるのか?」
心配して駆け寄ってくる隼人と武。ツナは武の言葉にショックを受けていたけど、僕は扇にびっくりしていてそれどころじゃなかった。
「それは、ある一定以上の速度ラケットを振るうと扇になるんだ。名付けて『ヒカリのラケット』これを使えばどんな敵にも太刀打ちできるはずだ。」
「(山本のバットのデジャヴュ!?)ってか、リボーン!何ちゃっかりヒカリに武器渡してんだよ!」
「ヒカリだってファミリーなんだ。そろそろ武器も必要だと思ってな。発注しておいたぞ。」
「(ありがた迷惑だー!)って、何勝手にヒカリをマフィアにしてんだ!!俺は認めないからな!」
「でも見てみろ。ヒカリは気に入ったみたいだぞ?」
目をキラキラさせて扇を見ていた僕はリボーンの言葉にコクりと頷く。その瞬間、ツナが頭を抱えているのが見えた。
「再開するぞ。山本、ヒカリとツナとキャッチボールしろ。」とリボーンは取り出したテニスボールを武に渡す。隼人は隼人でドンドン投げろと告げられていた。武の剛速球のビューンと空を切る音やそれを打ち返す音。さらにドガーンドガーンと絶え間無く爆発音が響き渡る。結局、特訓が終わったのは完全に日が落ちてからだった。
コートの外にいるツナに対して向かってくるボールやダイナマイトに対しても、僕がコート中を走り回って扇で跳ね返さなくちゃいけなかったから、本当に疲れた。ところどころ黒焦げになったツナと僕。そのまま家に帰った僕らは夕飯の準備をしていた奈々ママに心配されたけれど体を文字通り死ぬ気で動き回った僕は本当に腹ペコで、豪華な料理が本当に嬉しかった。
翌日。
「ゲームセット、勝者ヒカリ」
『うぇ?マジでマジで?僕が……勝った!?』
試合結果は、僕の圧勝。昨日までの僕からは想像できないものだった。だってだって、どこに打たれても体がついてきてくれる。例えそれがコートギリギリだったとしても。(この世界で)生まれて初めてテニスで勝って嬉しいと思えた。結果、僕はシングルスプレイヤーとして中村コーチに引き続き僕のコーチをしてもらうことが決まる。これも、僕にとっては嬉しい出来事だった。
(昨日の特訓のおかげ?)
答えはリボーンのみぞ知る。