憧れと憧れの狭間で
白くて繊細なウエディングドレス共に歩んでいく誓い
幸せを噛み締めて一歩を踏み出すバージンロード。
…僕にも、そんな日が訪れるのかな?

――――――…


今日はビアンキとリボーンの結婚式があった。もちろん、これはビアンキの勘違いから起こったもの。式は中止となったが、リボーンから指輪をプレゼントされたビアンキは、それはそれで満足そうだ。その後は皆解散ということでそれぞれの家に戻っていった。



沢田家。
ヒカリは、というと…


『ハァ…』


オレの部屋で、ため息をついていた。


「ヒカリ、どうかした?」


明かに元気のない妹にオレは首を傾ける。



『今日のビアンキ、綺麗だったよね。』



ぽつりと呟いたヒカリの言葉に、オレも確かにと頷いた。事実オレも花嫁姿のビアンキに一瞬だけど、見惚れたし。


『いいなー、ウエディングドレス…僕も着たいなー、ウエディングドレス…』



確かにヒカリも女の子。ウエディングドレスに憧れがあってもおかしくはない。京子ちゃんやハルも同じようなこと言っていたことを思い出す。オレは結婚式を挙げるヒカリの将来の姿を想像した。



白い教会。

ベルが鳴り響く中、ウエディングドレスに身を包んだ妹。



『お兄ちゃん、僕、この人と結婚します。今までありがとう。バイバイ。』


少しずつ離れていくヒカリ、ヒカリ、ヒカリ…



「嫌だぁぁぁ!!」


『うわ!ビックリした!もー、ツナいきなり叫ぶなよ!』


「あ…えと…その…ごめん。」


現実に戻ったオレは、生理的に出てきた涙を拭った。


「ヒカリちゃーん、ちょっといいかしら?」

母さんはオレの部屋のドアを開けると、ヒカリに手招きをしている。ヒカリは首を傾けながらも、母さんの後に着いていった。一人になって、もう一度思い返すヒカリの結婚式………やっぱり無理だぁぁぁ。


「ちゃおっす。」

「リボーン。」

「何一人でヒカリの結婚式の妄想してんだ?」


「んな!?なんで、それを!?」


「読心術だぞ。ツナ、お前はウゼーくらいのシスコンだな。重い男は女にモテねェぞ?」


「煩いな、ほっとけよ!」


リボーンとそんな争いをしていると、「ツッくーん」と母さんに呼ばれた。廊下に出ると、ヒカリの部屋からは母さんやビアンキたちの明るい声が聞こえる。



「母さん、呼んだ?」


ヒカリの部屋のドアを開けながら尋ねると、オレは途中で固まってしまった。“ヒカリが、ウエディングドレスを着ている”
オレの頭の中には、先程思い描いたヒカリの言葉が蘇った。


「な!?ななななんでヒカリがウエディングドレス!?結婚するの!?」


『……ツナ、頭大丈夫?』


「そもそも、日本では十六才にならないと女は結婚できないわよ。」

ヒカリとビアンキから呆れた目線をむけられる。その言葉を聞いて、オレはようやく冷静になった。

「確かに…じゃあ、どうして?」

「フフフ、これはね、母さんが父さんとの結婚式で着たウエディングドレスなのよ。今日の、ビアンキちゃんの結婚式を見て懐かしくなっちゃって…ヒカリちゃんに着てもらったの。」

「な!?まだ、取ってたの?」


「そうよー、ツッくんのお嫁さんか、ヒカリちゃんに着てもらおうと思って。」

母さんは、幸せそうに微笑んでいた。ってオレのお嫁さんんん!?


「ツナくん。」

真っ先に思い描いたのは京子ちゃん。オレとバージンロードを歩き、ついには誓いのキスを……



『ツナ、ツナってば!』

オレはヒカリの言葉で我に返った。

『……どうかな?僕、似合ってる?』

純白のドレスに身を包んだヒカリ。さっきは動揺していて気づかなかったけど、うっすら化粧がしてある。兄の視点から見ても、すっごく綺麗だった。いつもは自信満々で堂々としているヒカリ。だけど、今は照れているのか少し頬を染めていて、モジモジしている。そんな姿も可愛いと思ってしまった。

「綺麗だよ、ヒカリ。」

オレが言うとヒカリは嬉しそうにはにかんだ。


「馬子にも衣装だな。中々似合ってるぞ、ヒカリ。」


いつの間にやってきたのか、リボーンもオレの足元からヒカリを見上げて言う。そのうちチビたちも来て、ヒカリの周りを騒ぎ回っていた。

「ヒカリのこの姿、隼人にも見せたいわね。」


ビアンキが、ポツリと呟く。それを聞いたリボーンが「もう呼んであるぞ。ついでに山本もな。」と返す………って、えぇぇぇぇ!?オレが驚いている暇もなく、すぐに呼び鈴が鳴った。母さんが、はいはーいと下へ降りていく。


「リボーンさん、見せたいものって……」

「小僧何を見せてく……」


獄寺くんと山本は、ドアを開けてすぐにヒカリを見て固まってしまった。


「…………十代目ェ!?ヒカリ結婚するんですか!?ヒカリはまだ十六才ではないはずです……は!?まさか外国で挙式を!?どこのどいつですか、ヒカリをたぶらかした野郎は!?」


「お、落ちついて、獄寺くん!」

「隼人、このドレスはママンのよ。」


「あ、姉貴……」




獄寺くんは、ビアンキを見て気絶してしまった。ビアンキは獄寺くんを休ませるために彼を引きずって下に降りていった。チビたちも、そんなビアンキに着いていく。とにかく、オレは山本に一通り説明しようと振り向いた。


「……山本?」


山本は、瞬きもせずにヒカリを凝視している。


『武、どうしたの?』


ヒカリの言葉に覚醒したのか、ようやく山本は瞬きをした。


「……あ、あぁ悪い!ヒカリがあんまり綺麗なもんだから、天使が下りてきたのかと思っちまった。」


て、天使ぃぃぃ!!?相変わらず、山本の恥ずかしげもなく発せられた言葉に、聞いているこっちが赤くなってしまった。山本の言葉には、さすがのヒカリも驚いている。


『……アハ、アハハ!武ったら大袈裟!』


「いや、マジだって。」

「そういえばもう一人呼んでおいたぞ。」


ガラガラとヒカリの部屋の窓が開き、学ランを羽織った雲雀さんが現れ……ってえぇぇぇぇ!?


「赤ん坊、瑩の部屋にある面白いものって………」


ヒカリの姿を見た雲雀さんは、一瞬固まり、「なるほど…」と呟いた。そして、ヒカリを姫抱きにするとリボーンに一言。


「…赤ん坊ちょっと借りるよ。」

『え。物扱い?』


「夕飯までに返すならいいぞ。」

「リボーン!!」


雲雀さんは、リボーンの言葉を聞くと口端を上げて窓から去っていった。


――――――…

僕は、あっという間に応接室に連れてこられた。目の前には、恭弥。二人とも立っているせいか、僕は恭弥を見上げる形をとっている。

「ねぇ、どうしてそんな恰好をしているの?」

『……僕を物扱いした人には教えませーん。大体、僕は君のものじゃないもん。』

本当にさっきのやり取りは、流石に傷ついた。

「………わかった。君を物扱い“には”しない。」


何だろう今の言い回し。すごく引っかかるんだけど。だけど、僕はあえてツッこまなかった。そのままジーッと僕を見つめてくる恭弥に首を傾げる。それ程理由が聞きたいのか。


『…いいじゃん、女の子だもん。ウエディングドレス着てみたいし、結婚願望だってあるよ、一応。』


「結婚?……誰と?」

『それは…まだ。でも、いつかはしたい、とは思う…から…』

「じゃあ、僕が君の相手になってあげる。」


『は?』

「動いたら、咬み殺すから。」






恭弥がそう言った途端、僕に近寄ってくる。


『な、に…』


「動くな。」


抵抗する間もなく僕の右腕を掴みとられた。さらに恭弥の左手は僕の頭の後ろに回されたため、必然的に距離がぐっと縮まる。
お互いの顔と顔の距離はまさに五センチも満たなかった。


『な、んの冗、談?冗談にしてはやり過ぎだよ。』

「僕は本気だよ。」


恭弥の切れ長の瞳に吸い込まれてしまいそうだった。僕の気持ちなんかお構いなしにどんどんと近づいてくる恭弥の顔…、そして重なっていく吐息。
確かに伝わってくる君の温もり。

『きょ、や……まって…よ』

「黙って。」


今日の僕はおかしい。
らしくもなく、緊張している。
心臓がドクンドクンと騒がしくて、ほとほと困った。不思議なことに今の僕には恭弥を振り払うことが出来ない。気丈な性格の君のくせに、僕を支える君の腕が微かに震えていたから、だろうか。
それとも、あまりにも、この温もりが心地良いと感じてしまったからだろうか。

最初は、微かに触れ合う程度に、柔らかな感触を味わった。
二度目は、恭弥の口が微かに開いてパクリと僕の唇を包み込んで甘噛みされた。
『ん。』と僕のいつもの声じゃないものが、僕の口から零れ落ちる。

その僕の声に気づいのか恭弥はすぐに唇を離した。その口元は勝ち誇ったように弓を描いている。


「……ふーん。」


恭弥のその言葉を聞いた僕は、ハッと我に返ると、掴まれていた右手を振りほどいて拳を作った。
そのまま、拳を恭弥の頬に向けて勢いよく放った………までは良いものの憎たらしいくらい反射神経の良い恭弥に呆気なく再び腕を掴まえられてしまった。

「君が僕に攻撃をしてくるなんて久しぶりだね。」

『……』

「キスしている時は、それ程嫌がっているようには見えなかったんだけれど。」

『!?』

先程の声のことを言っているのだろう。それを思い出した僕の頬はカッと赤みを増した。


『……放せ、馬鹿恭弥。』


僕はキッと恭弥を睨みつけながら腕を揺らす。けれど、恭弥は目を細めるだけで、その掴んだ手を放そうとはしなかった。

『どういうつもり?……なんで、キスしたの?』


「誓いの証だからね。これで君は僕の女(もの)だよ。」


じっと見つめられた。
その瞳には、僕をからかっているような様子は感じられない。


「……瑩。」


恭弥に名前を呼ばれた瞬間、もう一度腕を振りほどくと、今度はすんなりと放してもらえた。僕はそのままドレスの裾を摘みあげるとすぐに走って応接室から逃げた。なんだか、すごく恭弥から逃げたい気分だった。


『ハァ…ハァ…ハァ…』


途中で、どんなに息苦しくなろうとも家に着くまでは全力で走った。急いで家に入ると自分の部屋に向かう。ドアをバタンと音を立てて閉じると、その場にしゃがみこんだ。


『ハァハァハァハァ…』


僕の息は今だにあがっている。心臓の音が直に感じられた。
自分の唇に触れてみる。
恭弥の唇の温もりも肌触りもしっかりと記憶しているこの唇。



『…アハ、アハハハハ。』


僕は自分の前髪を掻きあげて狂ったように笑った。こんな僕、どうかしている。

恭弥に抵抗しなかった僕に混乱した。恭弥の腕の中に安らぎを見つけた僕を怨んだ。
恭弥のことをさっき、一瞬でも
"異性"として感じてしまった僕を、強く、強く呪った。


あぁ、ツカサちゃん。
僕は悪い子です。
僕は絶対にしてはいけないことをしてしまいました。
はやる心。
鳴りやまない鼓動。
思い浮かべば、体中が熱くほてる。ただ、キスをしただけでこんなにもドキドキが続くだろうか?
答えは否。
僕の心の中には小さな小さな種が植え付けられてしまった。
それが分からないほど、僕は子供じゃない。僕は、この(種)名称を知っている。
僕は…





『恭弥に、恋、をした…?ははは、まさか。ナイ。それはないよ。落ち着け僕。』




相手は漫画のキャラだよ?
………そんなこと、あってはならないんだ。

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